ヴィッセル神戸の初タイトル獲得を、元日本代表FWでOBの永島昭浩氏(55=日刊スポーツ評論家)も祝福した。阪神・淡路大震災が起きた95年、清水所属で開幕を迎えた永島氏は、地元のために途中で当時JFLの神戸に移籍。翌96年にJリーグ昇格に導き、ミスター神戸と呼ばれた。

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神戸の初優勝は感無量だった。阪神・淡路大震災の95年に生まれたチームは、25年をかけて初タイトルを取れた。「復興のシンボル」であり続けるチームへ、心からおめでとうと言いたい。

フィンク監督の作戦勝ちだった。準決勝では中盤の底を務めたMFサンペールが、2度の決定的なミスをしていた。おそらく鹿島は穴と見て、徹底的にサンペールを狙ってくる作戦だったはずだ。それを予見した監督がサンペールを外し、イニエスタを3列目まで下げて守備に軸足を置かせた。3バックの前で鹿島に狙われても、球を奪われなかった。質が違ったし、無失点の要因にもなった。

引退のビジャを先発させたかったと思うが、故障明けでは長時間のプレーは無理だった。監督は勝負に徹して残り数分の出場にとどめた。的確なベンチワークだった。

神戸のクラブ発足時、チーム全体はさほど技術がないのに球を奪われなかった。目標に向かって1つになれば、プレーに迷いがなくなる。今はレベルがもっと上だが、私たちがJリーグ昇格へと向かっていた時代と雰囲気が似ている。そこに三木谷会長が世界を知るメンバーをそろえ、力をつけている。ACLへの出航は、OBとしても楽しみだ。(日刊スポーツ評論家、95~00年まで神戸所属)