イングランド伝統の“ブランド”を買収して11年。赤字経営を黒字に変え、1億ポンド(約152億円)を超えていた負債も返済となれば、経営者として評価されてしかるべきだろう。ところが、その“ブランド”がプミアリーグの古豪、ニューカッスルとなると話は別。2007年からクラブを所有するマイク・アシュリーは、ピッチ上における「業績不振」の責任者として、自軍サポーターから非難を浴びるシーズンが続いている。

アシュリーが良いオーナーだと言うつもりはない。ニューカッスル・ファンの立場になって考えれば、スタジアム名変更から他セクターへの投資まで、不満の種は数多い。9年前、命名権売却をもくろんだアシュリーは宣伝効果を示すべく、セント・ジェームズ・パークを自身のスポーツ用品チェーン店名を使用した「sportsdirect.com@StJames’ParkStadium」に改名。一時的で終わったとはいえ、外観も荘厳な1892年以来のホームに集結するファンにとっては屈辱的な行為だった。

アシュリーによる百貨店グループ「ハウス・オブ・フレーザー」の買収が報じられたのは、今夏のプレミア移籍市場が閉幕した翌日。監督のラファエル・ベニテスから一介のサポーターまでがクラブの補強不足を嘆く中、反感の火に油を注ぐような金の使い道だった。スポーツ用品の薄利多売で一財産を築いたアシュリーは、その商魂以上に「渋ちん」こそが、オーナーとしてファンの反感を買う一番の理由。筆者の友人でニューカッスル出身のカメラマンは、9000万ポンド(約137億円)での百貨店買収に、「ポグバ(現マンU)が買えるのに」と苦笑していた。

しかし、中立的な立場で眺めれば、トップクラス1人の獲得にそれだけの金額を要する、プレミアというエンターテインメント業界の金銭感覚が、ニューカッスル・オーナーの財布のひもの固さより異常だとも言える。テレビ放送権収入で潤うプレミアでは、グローバルな人気に目を付けた世界規模の投資家の参入が相次ぐ。武藤嘉紀の950万ポンド(約14億4000万円)をはじめ、ニューカッスルが今夏の補強に費やした移籍金は合計2360万ポンド(約35億8000万円)。10年ほど前であれば中位規模の補強予算だったが、今季プレミアでは20チーム中18位の低額だ。サンデー・タイムズ紙による「18年リッチ・リスト(長者番付)」で国内58位のアシュリーが、資本力で上回るクラブが増える一方の状況下で「限界」を痛感しても当然。補強に1億ポンド近い費用を割いたにもかかわらず、オーナーとして2度目の降格を体験した2015-16シーズン後には、サッカー界参入への「後悔」を公言してもいる。

ニューカッスルは、現政権下で2度目の即復帰で参戦した昨季プレミアでも、移籍金支払い総額はリーグ最低レベル。最終的に10位で終えたシーズン中にクラブを売りに出したアシュリーは、出費をプレミア中位が可能な程度に抑え、売却時の利ざやを増やすことに注力しているとして、やはり非難された。確かに、クラブのオーナーとしては悲しい野心不足。だが、地元出身というわけでもないビジネスマンとしては理解できる感覚でもある。昨季の会計報告はまだなされていないが、プレミアの一員としてニューカッスルが前回に報告した16年の売り上げは、リーグ9番手の1億2600万ポンド(約191億円)。収入に占める選手給与の割合も、一般企業の人件費としては「危険」だが、プレミア勢では「優良」な6割。経営状態は、クラブ売却商談で問題視されないレベルにまで改善されているのだ。

成立には至らなかったものの、中東諸国との間に“オイルマネー”を運ぶパイプを持つことで知られる、英国の投資顧問会社との間で交渉が行われたことは事実。アシュリーが売却の意思を撤回したわけではなく、プレミアのクラブがワールドクラスの投資家の興味を引き続けることも間違いない。昨季の交渉決裂は、1億ポンド近い交渉額のズレだったとされるが、11年前に1億3400万ポンド(約203億円)でニューカッスルを買ったオーナーは、強欲になってうわさの「20割増売却」などには固執しないこと。一方、今季プレミア開幕5戦で1勝もできなかったチームは貪欲に勝利にこだわること。それが、非難されるほど「最悪」ではないが「最適」なオーナーでもない、アシュリー所有のニューカッスルに残されたハッピーエンドへの唯一の道だ。(山中忍通信員)

◆山中忍(やまなか・しのぶ)1966年(昭41)生まれ。青学大卒。94年渡欧。第2の故郷西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を時には自らの言葉で、時には訳文としてつづる。英国スポーツ記者協会及びフットボールライター協会会員。著書に「勝ち続ける男モウリーニョ」(カンゼン)、訳書に「夢と失望のスリー・ライオンズ」(ソル・メディア)など。