伊藤華英のハナことば

フジコ・ヘミングさんに教えられた人生/伊藤華英

今回は、私が最近はまっているものを紹介したいと思う。ものというよりは、人、ジャンルだろうか。

フジコ・ヘミング
フジコ・ヘミング

現役時代から、自分の人生には欠かせないもの、「音楽」だ。これまでスポーツのことをベーシックに書いていたのでなかなか斬新かもしれないが、スポーツと音楽は接点が多いと思う。

現役時代から、クラシックやジャズが好きだった。試合に向かうとき、寝る前、シチュエーションによって聞くジャンルを分けたりしていた。また、落ち込んだり、調子が良すぎたり、いろんな場面で体と心の両面を音楽に助けられた。

そんな私の人生において大事な音楽で、ずっと大好きなピアニストを紹介したい。

「フジコ・ヘミングさん」だ。

会ったことはない。本当にこの音楽が好きで聞いている。


代表作はリスト作曲のラ・カンパネラだ。圧巻だ。ショパン、ベートーベンも弾く。私は、フジコ・ヘミングさんが弾くピアノが好きだ。

ご存じの方も多いと思うが、60歳を過ぎて、世界的なピアニストになった。現在は80歳を超え、毎年、世界60カ国をコンサートで回り、今なおバリバリの現役。1年の半分をパリで過ごす。

東京芸大を卒業後、すぐには海外留学できなかったが、日本在住のドイツ大使が尽力し、現在のベルリン音楽学校を経て、ヨーロッパでピアニストのキャリアをスタートさせた。華々しい人生に見えるが、そうではない。30代のころつかんだリサイタルのチャンスも、直前に風邪をひき、さらに飲んだ薬が合わなく左耳が聞こえなくなった。右耳も若いころに中耳炎で聞こえなくなっていたため、一時は両耳が聞こえなくなったという。耳の治療をしながら、教師の資格をとり、ヨーロッパを拠点として教えていた。

でも彼女はあきらめることなくピアノを愛し続ける。


音楽教師だったお母さまがなくなり、日本に帰国すると、ある日本のドキュメンタリー番組に出演し、そこから脚光を浴びるようになった。

私のように、音楽の経験はピアノを習ったくらいで、もっぱら聞いて楽しむ人たちにも、なぜこんなにも彼女の音楽が親しまれ、愛されるのだろうか。

私が引かれるのは、ピアノの演奏はもちろん、彼女の言葉一つ一つだ。

人生を考えることができるピアニスト。

昨年、「フジコ・ヘミングの時間」というドキュメンタリー映画が公開された。それも素晴らしい内容で、ますますファンになった。

最初のスライドが「人生とは時間をかけて私を愛する旅」と始まるのだ。

その中でもすごく「好きなもの」を紹介してくれるのだ。ピアノは楽譜の通りに弾くのではなく、話しかけるように弾く。気持ちを込める弾き方と、込めない弾き方。

私は、「古いものが好き」という彼女にインスパイアされた。「日本は景色が変わって、どんどん新しくなって模様替えをする。今の日本は好きじゃない」という。

ヨーロッパの歴史ある景色、街並みは魅力的で、人々がそれを誇りに思っている。日本も私は大好きだし、人も大好きだ。だからこそ、日本の誇りは何なのだろう、とあらためて考えるに至る。

世界中に家を持ち、移り住みながら彼女が見る世界に興味がある。そして、彼女が考えることに興味がわく。

コンサートの当日は、お茶もコーヒーも飲まない。「コンディションをもっていくのはとても大変」。そう話す。

現役時代を思い出す。

「人生とは時間をかけて私を愛する旅」だというように、この自分の道をしっかり歩んでいきたいと心から思えたのだ。人とすぐ比べがちになる情報過多の時代。あきらめず、自分なりの人生をそれぞれが過ごしていければどんなに幸せだろうと思った。

今年は彼女のライブに行く予定だ。

これからも活躍を応援しています!

(伊藤華英=北京、ロンドン五輪競泳代表)

競泳界で「美女スイマー」として活躍し、北京、ロンドン五輪に出場した伊藤華英さんが、水泳に限らずさまざまなスポーツの魅力をアスリート目線でお伝えします。
 ◆伊藤華英(いとう・はなえ)1985年1月18日、埼玉県生まれ。01年世界選手権で初の日本代表入り。08年北京五輪で背泳ぎ2種目出場、12年ロンドン五輪で自由形リレー2種目出場。12年秋に現役引退。順大大学院博士後期課程修了。日大非常勤講師。173センチ。

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