スポーツは時として残酷だ。会見中、ずっと泣きじゃくる久保凛を見ながらそう思った。18日に行われた陸上の世界選手権・女子800メートル予選。国立競技場の5万人の大歓声を一身に背負った17歳は、集団に埋没して何もできなかった。3組7着。惨敗だった。
日本代表に初選出されて「どこを歩いても(人が)応援してくれる」ほど注目されていた。大観衆から祝福の歓声と拍手を浴びる輝ける自分の姿を、毎日想像していたに違いない。だが現実は甘くなかった。「何もかもうまくいかなかった。全然通用しない」と唇を震わせた。人生で初めて経験する大きな挫折だったのだろう。
悔しいだろうが、これが“世界”なのだ。勝者はほんの一握り。敗者の方がずっと多い。みんな失敗や敗北に打ちのめされながら、それでも夢をあきらめずに高みを目指しているのだ。偉大なアスリートと言われる人たちも同じだ。そんなシーンを世界選手権でずっと見てきた。
1995年のイエテボリ大会。男子ハンマー投げで初出場した20歳の室伏広治は予選35位に沈んだ。80メートル超えのメダル争いとは10メートル以上の埋めがたい差があった。その後、彼は優勝したアブドワリエフの故郷タジキスタンを1人で訪ねて合同合宿を直談判。世界の技を吸収して、01年エドモントン大会で銀メダル、04年アテネ五輪でついに金メダリストになった。
男子100、200メートルの世界記録保持者で五輪3連覇のウサイン・ボルト(ジャマイカ)の挫折も見た。05年ヘルシンキ大会の男子200メートルに19歳で初出場。世界ジュニアを史上最年少の15歳で制して超新星として注目を浴びた若者は、決勝で足にけいれんを起こして最下位。大会後、徹底した筋力トレーニングに打ち込んで、08年北京五輪で短距離2冠に輝いた。
挫折は人を成長させる最高の肥やしでもあるのだ。この日、男子400メートル決勝で日本勢最高の6位入賞を果たした中島佑気ジョセフがしみじみと言った。「自己嫌悪に陥るような失敗もした。でもそんな1つ1つの経験が生きた」。乗り越えた者だけが口にできる言葉だと思った。
久保がこの若さで世界の現実と巡り合ったことは幸運なのだ。そして、これほど教訓になった1日はない。「もっと自分を磨き直したい。強い久保凛を見せたい」。会見の終了間際、彼女は涙声で搾り出した。その心意気を胸に刻めば、この日の涙が笑顔に変わる日がきっとくる。何しろ君はまだ17歳なのだから。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)










