パリ五輪を目指す競泳の入江陵介(32=イトマン東進)には、強い「覚悟」があった。6月の世界選手権後、自身のSNSで現役続行を表明。その裏には日本競泳陣を引っ張る立場として「使命感」と「チーム作り」への意欲が見えた。

26日、入江自身がトレーニングする東京・北区の味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)イースト見学コースのプレス内覧会が行われた。案内役を務めた入江は、競泳史上初の5大会連続出場となるパリ五輪を目指す理由を「やりきれていないという気持ちがある」と説明した。

「最後」を意識して東京五輪に出場。引退を先延ばしにして今年の世界選手権にも出た。100メートル背泳ぎを7位で終えて「悔いはない」。その言葉は引退を連想させたが、大会後に気持ちは現役続行に傾いた。

現役最後のレースになったかもしれない400メートルメドレーリレーで決勝進出を逃した。「やりきれていない部分があった」と明かした。50メートル背泳ぎを棄権してまで、リレーにかけた。しかし、その熱い思いは若手に伝わらなかった。

前日の100メートルバタフライで銀メダルを獲得した水沼尚輝が、失速した。初出場で心身ともに疲れていたであろう水沼を気遣いながらも「これまでも、みんなそういう状況でやってきている。それでも、あれほどタイムを落とすことはなかった」と厳しく言った。

22歳で迎えた12年のロンドン五輪。200メートル背泳ぎで銀メダルを手にした直後に言った。「競泳は(代表選手)27人のリレー。(最終種目の)男子メドレーリレーの最後の選手がタッチするまで27人のリレーは終わりません」。チームの一体感を表す名言だった。

最終種目、入江、北島康介、松田丈志、藤井拓郎で銀メダルを獲得した。「康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」とチームが1つになった結果。入江の頭には、今もあの時の達成感、満足感がある。

過去20年、日本の競泳陣はメダルラッシュをみせてきた。コーチや選手が情報を共有し、強いチーム意識で戦ったことが結果につながった。しかし、今の代表はバラバラ感が強い。入江も「確かに、ちょっと」と正直な気持ちを吐露した。

コーチ陣も代わり、新型コロナ禍で代表合宿も縮小された。これまでのような「チーム作り」は難しかった。08年北京五輪から代表で活躍してきたからこそ、入江には危機感がある。

北島、松田という影響力のある選手が引退し、最年長となって責任も感じている。「自分がやらないと、という気持ちはあります。今までは、次、次と切り替えてきたけど、もっと(厳しく)言っていかないといけないかなと」。憎まれ役を買ってでも、先頭に立ってチーム作りの大切さを伝えていく決意をみせた。

この日「競泳選手でなければ、どのスポーツをしていたか」という質問に「バレーボール」と即答した。「1つのボールをつなぐのが楽しい」と「チーム愛」を口にした。競泳でもかつてのように「チーム」ができるのか。パリ五輪に向けて、水泳ニッポンの最大の課題のように思える。

初の5大会連続出場に意欲は見せるが、入江のゴールはそこだけではない。日本競泳陣を再び強固なチームにするのが、最大の目標だから「自分がやらないといけない思いはある」。覚悟の現役続行だった。

「最終的にはメドレーリレーで結果を」。34歳でパリ五輪を迎えるベテランの思いが、どこまで若い選手たちに伝わるか。単に競技成績だけでなく「やりきった」と思えるか。「陵介さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」と1つになれるチームができた時こそ、入江の前に10年前にロンドンで見たまぶしい景色が広がるに違いない。【荻島弘一】(ニッカンスポーツ・コム/記者コラム「OGGIのOh! Olympic」)

東京五輪 競泳男子200メートル背泳ぎ決勝で7位に終わるも声援に応える入江陵介(2021年7月30日撮影)
東京五輪 競泳男子200メートル背泳ぎ決勝で7位に終わるも声援に応える入江陵介(2021年7月30日撮影)