名古屋の中学3年生から漏れた本音だった。11月4日、滋賀県立アイスアリーナ(大津市)で行われていたフィギュアスケートの西日本選手権。ジュニア女子フリーの演技を終えた横井きな結(きなゆ、14=邦和スポーツランド)は、落ち着いた口調で切り出した。

「今できることを出せて、ホッとしています。でも、お姉ちゃんも、いとこも頑張っているのに、自分だけ活躍していない」

フリー冒頭に組み込んだ大技トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)。わずかに着氷が乱れ、2・56点の減点となったが、堂々と跳びきった。1年前は3回転半を成功させながら、演技後半にミスが目立ち21位。今大会直前は時に涙を流しながら調整し、フリー5位、合計159・60点の6位で2年ぶりとなる全日本ジュニア選手権(15~17日、横浜)出場を決めた。それでも、きな結に心の底から喜ぶ様子はなかった。

「いとこは世界で戦っていて、3階級制覇もしている。きつい練習を頑張っている。刺激になっているし、尊敬しているので…」

きな結が背中を追いかける存在こそが、ボクシングにおいて世界最速(プロ12戦目)で3階級制覇を果たした田中恒成(24=畑中)。同じ名古屋が拠点で、プロ14戦全勝と日本ボクシング界をけん引する1人だ。横井家、田中家ともに多忙な日々を過ごすが、正月には必ず全員で顔を合わせるという。田中が出場する試合は何度も観戦してきた。

きな結が追う、もう1つの背中は姉ゆは菜(19=中京大)。同じ西日本選手権で、ゆは菜は204・70点を記録し、シニア女子を制した。137・35点を記録したフリーでは、基礎点が1・1倍の後半に3つの連続ジャンプを組み込み、大きなミスなく演技。そんな姉も、自己評価は厳しい。

「うれしいですけれど、トップの選手は同じ演技をしても(表現や出来栄え点などで)140点を超えてくると思う。今の私だと届かない。練習してきたことは間違っていないので、さらに練習を重ねていこうと、強く思いました」

2年前の全日本ジュニア強化合宿では、ゆは菜もいとこの田中に対し、尊敬する思いを口にしていた。

「(1回3分のボクシングで)フルラウンドすると、ショートプログラム(2分40秒前後)より長いのを12回も続ける。それで命がけだし、すごい。そう思うと(自分は)全然大丈夫」

フィギュアスケートとボクシング。かけ離れた競技のように感じるが、選手目線で響くものは多いという。16年10月、取材機会が巡ってきた田中に、当時16歳のゆは菜について尋ねたことがあった。すでにWBO世界ミニマム級でベルトを巻いていた王者は、いたずらっぽく笑って答えた。

「1カ月ぐらい前の(ゆは菜の)試合、見に行きましたよ。ちょっと前には、うちに来ていました。『頑張っているな~』とは思うけれど、僕が試合に勝って、プレッシャーだけ与え続けようと思います」

きな結が口にした「自分だけ活躍していない」という言葉通り、時にその存在は重圧にもなる。それでも3人に共通しているのが向上心。世界を舞台に戦う時、切っても切り離せない関係は、必ずや支えになる。

姉ゆは菜は15~17日にモスクワで行われるロシア杯で、グランプリ(GP)シリーズデビューを果たす。

「トップスケーターが出る場所。メンバーも聞いたことがある名前ばかり。戦略は何もありません。練習してきたことを出すことが重要。私のスケートを見ている人の、印象に残せる演技をして、そこから結果を求めていきたいです」

きな結は西日本選手権フリー当日の朝、ゆは菜から「楽しんで演技をしてきてね」と声をかけられた。切磋琢磨(せっさたくま)する存在に感謝し、全日本ジュニア選手権へ目標を高く掲げた。

「緊張するけれど、全日本ジュニアも楽しく、強い気持ちで挑みたい。(ジュニアから推薦枠で12月の)全日本選手権に進むのが目標です。さらにレベルアップしていきたい」

「挑戦」の11月を、いとこに負けじと全力で駆け抜ける。【松本航】

◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。武庫荘総合高、大体大とラグビー部に所属。13年10月に日刊スポーツ大阪本社へ入社し、プロ野球阪神担当。15年11月から西日本の五輪競技やラグビーを担当し、平昌五輪ではフィギュアスケートとショートトラックを中心に取材。

(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

西日本選手権女子を制した横井ゆは菜(中央)と2位新田谷凜(左)、山田さくら(撮影・松本航)
西日本選手権女子を制した横井ゆは菜(中央)と2位新田谷凜(左)、山田さくら(撮影・松本航)