1月11日、東京・国立競技場。全国大学ラグビー選手権決勝で輝いた1人が、天理大CTB市川敬太(4年)だった。173センチ、84キロ。決して大きいとは言えない背番号12は、研ぎ澄まされた嗅覚でスペースに顔を出した。先制した前半3分を皮切りに4トライ。チームは大会決勝最多となる55得点を挙げ、名門の早大を振り切った。天理大は初優勝、関西勢として36大会ぶりの頂点だった。

あれから3週間が経過した2月2日、スーツ姿の市川は母校にいた。東大阪市立日新高校。聖地・花園ラグビー場からは、自転車で約30分という位置にある。

大阪と奈良の県境、生駒山のふもとに校舎はそびえ立つ。市川はすがすがしく感じる空気を吸い込み、決勝は天理大の給水係として貢献したロック柿本敬治郎(4年)と共に足を踏み入れた。卒業生の2人は500人を超える1~2年生へ、日本一の経験を伝えた。

「すぐに諦めるんじゃなくチャレンジし続けたら、最高の景色を見られました。何か目標を立てて、チャレンジし続けてください」

市川はそう力を込めた。

来校を呼びかけたのは、ラグビー部の坪内貴司監督(49)だった。身近な先輩の言葉は、在校生へ響くと確信していた。何より坪内監督がうれしそうだった。

「市川と柿本から、力をもらいましたよね。この学校や、ラグビー部の魅力を、もっともっと、発信していかないといけませんね」

1年生4人、2年生6人。ラグビー部は現在、マネジャー1人を含めた11人で活動する。試合に必要な15人に足りず、全国選抜大会へつながる1月の大阪府予選は合同チームで臨んだ。

天理大で主力となった市川も、決して派手とはいえない高校時代を過ごした。敷地内の坂を何本も駆けあがり、真っ先に浮かんだ思い出は「練習後に部室でだべる(話す)時間が楽しかった」。当時も部員は30人ほどだったという。

「3年間で『頑張るのが当たり前』という感覚を身につけていました。そこは他の高校の子と比べて、あったのかなと思います」

高3の秋、花園へとつながる大阪府予選第1地区準決勝は東海大仰星に5-68で完敗した。日新高の先輩に誘われて進んだ天理大は部員約170人。周囲と比べ、出身校の知名度が劣っているのは明らかだった。

「大学は高校に比べて自由です。やらないなら、やらなくてもいい。高校の時は正直『何でこんなにしんどいことをやるんだ』と思ったこともありました。でも後々、やってきたことが良かったと気付きました」

大学2年時にBチーム(2軍)で試合に出場し「絶対にAチーム(1軍)で日本一になる」と誓った。3年秋の関西リーグで定位置をつかむと「絶対に12番を譲らない」と腹をくくった。諦めず、頑張り続ける習慣が、市川の強みだった。

今春からはトップウエストAリーグの中部電力で、社員選手としてラグビーを続ける。日本最高峰トップリーグに進む天理大の同期と、今度は対戦相手として戦うことが新たな目標だ。

「自分のプレーを見て『これからも頑張ろう』と思ってくれるのが、一番うれしいです」

ひたむきな挑戦は人生を変える。その背中は、後輩の道標となっている。【松本航】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。武庫荘総合高、大体大ではラグビー部に所属。13年10月に日刊スポーツ大阪本社へ入社し、プロ野球阪神担当。15年11月からは西日本のオリンピック(五輪)競技やラグビーが中心。18年ピョンチャン(平昌)五輪ではフィギュアスケートとショートトラックを担当し、19年ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会も取材。

日新高の校長室からオンライン配信された天理大ラグビー部市川敬太、柿本敬治郎の話を熱心に聞く在校生(撮影・松本航)
日新高の校長室からオンライン配信された天理大ラグビー部市川敬太、柿本敬治郎の話を熱心に聞く在校生(撮影・松本航)
日新高の生徒会から花束を受け取った天理大ラグビー部の市川敬太(左から2人目)と柿本敬治郎(左)(撮影・松本航)
日新高の生徒会から花束を受け取った天理大ラグビー部の市川敬太(左から2人目)と柿本敬治郎(左)(撮影・松本航)
教え子への思いを語る日新高ラグビー部の坪内貴司監督(撮影・松本航)
教え子への思いを語る日新高ラグビー部の坪内貴司監督(撮影・松本航)
全国大学ラグビー選手権2020 決勝 天理大対早大 天理大CTB市川敬太(2021年1月11日撮影)
全国大学ラグビー選手権2020 決勝 天理大対早大 天理大CTB市川敬太(2021年1月11日撮影)