『アニマル』の異名を取った1964年東京五輪レスリングフリースタイル・フェザー級(63キロ級)の金メダリスト渡辺長武(おさむ)さんが昨年10月、死去していた。81歳だった。日本レスリング協会関係者が15日、明らかにした。

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渡辺さん、いや「アニマル」の人気は絶大だった。金確実と言われた64年東京五輪で圧勝。レスリング少年が五輪を目指すアニメ「アニマル1」のモデルになったし、映画「三丁目の夕日64」には堤真一が「アニマル勝った~」と叫ぶシーンもあった。「アニマル」は強さの代名詞だった。

ただ、その後の人生は波乱に満ちていた。誘われた就職先は倒産し、事業にも失敗、参院選に出馬するも落選し、離婚も経験した。東京五輪金メダルの他の4人が大学教授や企業の社長など堅実な道を歩む中「変わり者」とされたのは、その純粋さからだろう。

取材を申し込むと、いつも「いいですよ」と二つ返事。人から頼まれると嫌とは言えず、どんな話も疑わなかった。失敗も少なくないが「断れないんだよ」と笑い飛ばした。それでも金メダリストの誇りを失うことはなく、常に「アニマル渡辺」であり続けた。

今や「アニマル」と言えば、五輪銅メダリスト浜口京子の父で元プロレスラーの浜口平吾氏。「(日本協会)八田会長に呼ばれ、若手に譲ってくれと言われたんだ」と明かした。「レンタル料とっておけば良かったよ」と笑ったが「アニマル」が今も活躍していることはうれしそうだった。

80歳を前にしてもジャパンのシングレットに身を包み、腹筋500回を日課にしていた。2度目の東京五輪を前に「若い選手が頑張っているから、負けられない」とも話していた。

19年10月、深夜番組の街角インタビューに突然登場した。「ゴールドメダリストだよ」と言ってタックルを披露したが、バランスを崩して転倒。それも「断れない」渡辺さんらしかった。マットでも、お茶の間でも「アニマル渡辺」は最後まで「最強の金メダリスト」だった。【荻島弘一】