B1仙台89ERSの藤田弘輝ヘッドコーチ(HC=38)が、5月8日に契約満了により退任した。

日刊スポーツ東北版では「仙台・藤田HCの3シーズンを振り返る」と題し、藤田HCが21-22年シーズンから3シーズンに渡って仙台を指揮し、積み上げてきたカルチャーを振り返ります。第1回は、6季ぶりのB1復帰を果たした21-22年シーズンです。【取材・構成=濱本神威】

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悲願のB1昇格は、南国から来た指揮官に託された。21年5月、仙台の新ヘッドコーチに藤田氏が就任した。B2プレーオフ(PO)セミファイナル(準決勝)で茨城に2連敗。5季連続となるB2が決まった直後だった。琉球ゴールデンキングスを2年連続地区優勝に導いた手腕に、期待が高まった。

チームは、19-20年は東地区優勝も新型コロナウイルスの影響でPOがなくなり、20-21年はPO準決勝敗退。あと1歩及ばない悔しい時期を過ごしてきた。そんな仙台に、藤田氏が昇格への最後の1ピースをはめた。それは「世界のスタンダード」。日本代表サポートコーチの経験から「ディフェンスの強度はもちろん、ヨーロッパなど高いレベルではみんなフィジカルで、手足の動きがアクティブ。そういうところを普通にしていかないと日本は世界に追いつけないと思う」と語った。その上で「そこは自分たちが率先してやりたい。自分たちがB2のスタンダードになるくらいの気持ちでやりたいと思っています」。

そのためのキーマンは「全員」だった。「試合によって活躍する選手が変わってほしいというのがある。もちろん核になる選手はいますが、『この選手だけを抑えれば勝てるよね』というチームにはしたくない。だから、キーマンは全員です」。

その思いに選手たちも応えた。試合ごとにヒーローが変わり、自身の掲げる「ディフェンスの強度を高く保ち、40分間ハードに戦い続ける」という哲学から、田中成也(32)や荒尾岳(37)らのディフェンスを高く評価。数字に残らない部分もたたえ、40分間ハードに戦い続ける「89ERSのバスケット」を確立させてきた。シーズンは38勝15敗。終盤には8連勝を達成するなど、最高の形でプレーオフ(PO)に進出した。そして22年5月16日、香川とのPO準決勝第3戦を83-69で勝利し、6季ぶりのB1復帰を果たした。

悲願達成のキーマンを問われると「全員です」と開幕前と同じ言葉を口にした。運命の第3戦前日には選手、コーチをはじめ、スタッフ、練習生らチーム全員が集まり、どう戦うべきか話し合った。「みんなが同じボルテージで、同じ気持ちで『今日の試合を絶対に勝ちたい』という思いと、ナイナーズのバスケットをやれば勝てるという思いが統一されていた。全員が今日の勝利の一部です」。築き上げてきたカルチャーを、B1昇格まで至った仲間たちをたたえた。

またブースターへは「少しでも、『明日も頑張ろう』という日に、今日がなってくれれば僕たちの存在意義がある。今日少しでも届けられて本当にうれしいです」と言った。開幕を前に「僕たちの試合を見にきてくださった皆さんに『明日も仕事を頑張ろう、学校を頑張ろう』という活力を与えられるようなチームにしていきたいです。元気を与えられるようなプレーと結果を出していけるように頑張っていきます」と誓った言葉通り、ブースターとともに戦い、活力を届け続けた。“黄援”で支えてくれたブースターも含めて、みんながキーマンだった。

1年目を「89ERSに来て自分という人間に向き合えた。チームのみんなが、周りの人があたたかく迎えてくれて、自分が自然体でいれた。本当に感謝しています。仙台に来て良かったなと思いますし、人生本当に豊かだと感じています」と総括した。2年目の舞台はB1に移った。(つづく)