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第401回    伊藤英明  
2004.02.15付紙面より

伊藤英明
写真=「きれいな目だなぁ」。インタビュー中に見せる澄みきった目には、同性ながらドキッとさせられました
(撮影・蔦林史峰)

後悔しないように、今、挑戦する

  デビュー以来、彫りの深い顔立ちと甘い雰囲気で、女性誌の人気アンケートでは上位を占める。俳優伊藤英明(28)。しかしソフトな印象とは異なり、その半生は激しかった。長い入院生活で死を見つめた子ども時代。芸能界入したものの、わずか3カ月で一時リタイアした10代後半。そんな苦しい時期を体験した伊藤は「なんでもやってやろう」の精神を原動力に、俳優としてのステップアップを目指す。


長い入院生活

 畳部屋でのインタビューに「靴、脱いだ方がいいですよね?」。恥ずかしそうに、靴を脱ぐと…。親指と人さし指が分かれた足袋タイプの靴下が、顔をのぞかせた。「これ? 落ち着くんですよ」。はにかみながらも屈託のない笑顔、愁いを含んだ瞳。女性誌の人気アンケートでは上位の常連で、「癒やし系俳優」ともいわれている。しかし、実生活は、ソフトなイメージとは程遠く、波乱に富んでいた。

 伊藤 子どものころ体が弱くて、死を意識しました。幼稚園のころ、慢性腎炎と診断されてずっと入院生活を送っていたので。だから、小学校はまともに行ってない。運動会の参加は1回だけ、林間学校も参加したことがない。入院していた病院の大部屋で友達になった子が、死んでいくのを見てました。

 小学校には3年間通っただけ。入退院を繰り返したため、あまり溶け込めなかった。塩分を調節するため、給食はお湯で薄めて食べた。小学校の思い出はほとんどない。ただ、母親がいつも泣いて自分を抱きしめていたことははっきり覚えている。障害者手帳を手に、両親は「死」を覚悟したという。

 伊藤 う〜ん、子どものころから死と向き合ってきたせいかなぁ。自分が「もういいや」って思ってしまったら、いつでも逝ってしまうんだと感じたんですよね。だから今、頑張らないと、楽しまないと、チャレンジしないと。そんな意識がすごく強い。自分は生かされているという思いが、めちゃくちゃある。後悔しないように。人生、死ぬまで成功か失敗か分からない。何もしないで後悔するなら、チャレンジして後悔したほうがいい。

 ソフトな口調にも、凛(りん)とした雰囲気が漂う。高校進学のころには、ラグビーができるまでに回復した。入院生活が長かっただけに、普通の生活を送れることが幸せだった。気が付くと高校卒業が目前に迫っていた。同級生が進学や就職を決めていく中、進路未定にも焦りはなかったという。

 伊藤 小さいころは、自分が死ぬなんて思ってもいないでしょ。でも友達が亡くなるのを見て、人間って死ぬ時は一緒だなって感じましたね。そのせいか、ある意味開き直っている。死の瀬戸際を経験して楽観的になった。比較的マイペースです。早く(進路を)決めなきゃとは思ったけど。


社長を殴った

 この4年間で14本のドラマと7本の映画に出演した。若手の中では人気、実力ともに兼ね備えた俳優に成長。一見、順風満帆に見えるが、実は1度「引退」している。93年、友達が応募した雑誌のコンテストで準グランプリを獲得し、翌年岐阜から上京。CM出演も決まった直後の出来事だった。

 伊藤 最初に入ったタレント事務所は、3カ月でやめちゃいました。社長を殴っちゃったんですよ。東京に出てきて、まず方言の直しから始まりました。キャラクターはつくられ、髪も切られ、変な服も着せられた。どんどん自分とはかけ離れていくし窮屈になって、気付いたら10キロぐらいやせてました。自分が自分でなくなるのが、気持ち悪くて仕方がなかった。

 もともと俳優志望だったわけではない。コンテスト出場も最後の最後まで迷った。しかし「迷うということはチャレンジする価値があることだ」と思って、芸能界に足を踏み入れた。だから、事務所を飛び出したことにも、まったく不安はなかった。

 伊藤 経験したすべてが、自分の糧になると思うし。現に、また違う形で(俳優に)チャレンジしてやろうと思えた。はい上がっていってやろうと思えるものに出合えました。これも(1度芸能界に)チャレンジしたおかげです。

 アルバイトを始めたが、バイト先は“ガテン”系の肉体労働ばかり選び、割のいい夜のバイトは「流されるのは嫌」と避けた。バイト生活は2年間続いた。その間、伊藤に声を掛け続けたのが現所属事務所の社長。97年に俳優として再始動した。

 伊藤 そりゃ、ありがたかった。ただ(テレビに)1、2年出る人は、たくさんいるじゃないですか。でも出演し続けるのは難しい。それは自分とは何か? ということを考えるか否か。他人との比較じゃなくて…。どんな人間も死んでしまうから、考えるべきことやるべきことを見つけて、どんどんそれに向かっていかないと。とりあえずもう1回やってみようかなって。結果的に失敗しても経験値にはなる。


りえと結婚…

 芸能界入りのもう1つのきっかけは宮沢りえの存在だった。大ファンで、宮沢の初主演映画「ぼくらの七日間戦争」の続編「ぼくらの七日間戦争2」のオーディションを受けようとしたこともあった。

 伊藤 中学生のころ、本当に彼女と結婚できるって考えていました。オーディションに、彼女が審査員で会場に来るって聞いて、応募しました。東京近郊で、1カ月間撮影に参加できるのが条件。岐阜に住んでいたから、叔母が住んでいる(千葉県)成田市の住所で履歴書を出したんです。2次審査で電話がかかってきたんですけど、親にばれちゃって…。でも行動してのかなわぬ思いだから、悔しくなかった。アハハハハ。

 悔しさや挫折を自らのパワーに変えてきた。伊藤の原動力は「なんでもやってやろう」の精神だ。

 伊藤 物事はやってみないと分からない。どんどん、自分の意識が変わっていくのはうれしい。最近は俳優という職業について考えています。俳優の魅力は、常に自分と向き合えること。自分を知らないと、他人を演じることも難しいと思うんです。

 現在、フジテレビ「白い巨塔」に唐沢寿明ふんする財前教授の第1外科に勤務する医師柳原役で出演。唐沢、江口洋介、西田敏行ら豪華共演陣に囲まれている。

 伊藤 初めて見た映画は「敦煌」。そのとき出演していた西田さんが目の前にいるんですよ。学生時代に(テレビで)見ていた唐沢さん、江口さんがそばにいる。すごく不思議な感覚と、必死な自分が共生しています。僕は何に出ても、ワンシーンでいいから印象に残る演技をしたい。そのために、いろんなことにチャレンジして、厚みを出したい。

 何を聞いても、最後は仕事の話になる。6月に主演映画「海猿」が公開され、夏には人気女優長谷川京子との共演舞台が控えている。以前は、タレント岩城滉一とバイクで九州1周ツーリングに出かけたり、ゲレンデをスノーボードでガンガン滑っていた。今では滑る回数も減ったが、不満はない。

 伊藤 今は仕事が楽しいからね。でも、まだ通過点だと思うんですよ。やっぱり人間を演じる仕事って、最後の最後まで分からないかも。あとになって分かってくるのかな。

 追い風を受けて、俳優人生もばく進中だ。


「おれについてこいよ!」

 「白い巨塔」で共演している俳優唐沢寿明(40) 珍しく優しくて、礼儀正しい男。自分は男にモテるらしく「いま、何してるんですか?」ってよく電話がかかっきてさ。「恋人じゃあるまいし(笑い)」。ホモ説? イヤ〜。くっついてくるんだよね。ご飯を食べたり、今度旅行に行こうって話もあって。初共演したNHK大河ドラマ「利家とまつ」では、なんていうのかな、ちょっと調子に乗っていたかな。でもあの時に比べたら、もう俳優として数段良くなっているね。これから楽しみ。最後にひと言「おれについてこいよ!」。


感動「シティ・オブ・ゴッド」

 <マイベスト1> 月に5、6本のDVDを買いますね。家には大型スクリーンがあって、休日に見たりしてます。洋画、邦画、バラエティーとジャンルを問わず何でも見ますよ。最近の1番は「シティ・オブ・ゴッド」。感動したなぁ。移動中もポータブルDVDを持ち込んでるぐらい。移動の新幹線の中で見て、泣いたこともあります。隣に座っていたマネジャーは、驚いてましたけど…。


 ◆映画「海猿」◆ 羽住英一郎監督。海上保安庁のエリートといわれる潜水士を目指す青年(伊藤英明)が友情や恋愛を通して成長していく物語。共演者は加藤あい、海東健ら。6月公開予定。


 ◆伊藤英明(いとう・ひであき) 本名同じ。1975年(昭和50年)8月3日生まれ、岐阜県出身。93年雑誌のコンテストで準グランプリを獲得し、田中裕子との共演CMでデビュー。95〜97年まで芸能活動を休止。97年ドラマ「デッサン」(日テレ)で活動再開。翌98年「愛、ときどき嘘」(日テレ)で人気を得る。00年「YASHA−夜叉−」(テレ朝)で、連ドラ初主演。同年映画「BLISTER」で初主演を果たす。01年エランドール賞を受賞。同年映画「陰陽師」「修羅雪姫」に出演。00年ベストドレッサー賞。181センチ、69キロ。血液型O。


(取材・平田淳)

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