北京オリンピック(五輪)アルペンスキー代表の小山陽平(23=ベネフィット・ワン、小樽双葉高出)が、16日の男子回転で五輪初出場する。金沢内川中(石川)までソフトボールとの二刀流だった少年は、スキー一本と決めて進学した北海道で五輪3大会出場の湯浅直樹(38)と出会い、世界に羽ばたく力を磨いた。同高出身男子初のオリンピアンとなった小山に、恩師の玉川祐介スキー部監督(40)がエールを送った。【取材・構成=奥村晶治】

アルペンスキーの名門、小樽双葉の門をたたいてから8年。小山は強く、速く、たくましく、時には挫折を味わいながらも攻めの姿勢を貫き、大舞台への切符をつかんだ。小樽双葉からのオリンピアン誕生は3人目。男子では初となる。

玉川監督 指導歴18年で初の五輪選手。世界で活躍できることを目標にしてきたのでうれしい。欧州遠征から帰国直後は、ブーツがあたってくるぶしを痛めていたようだが、隔離期間がいい休養になり、もう大丈夫と言っていた。長野で2日間ほど練習もできているので調子は良さそう。いい形で現地に入れるので、まずは良かった。

小山は石川県金沢市の出身。金沢内川中では3年連続全国中学に出場。2年の大回転では、同県勢男子として初優勝を果たすなど活躍した。一方でソフトボールでも、左のエースとして全国のマウンドに立った経験を持つ。競技は違うが、二刀流で培った勝負強さは、今につながっている。

玉川監督 中3の夏、両親、弟と家族4人で学校見学に来たことを思い出す。「(スキー一本で育てる)自信はあります」と即答しました。ソフトボールの授業では「小山投手」相手に打席に入ったが、あっさり内野ゴロに仕留められた。スキーだけでなく、ボールもめちゃ速かった。当時バッテリーを組んだ野球部捕手は『体感速度130キロですね』と舌を巻いていた。

札幌市出身で五輪3大会出場の湯浅との出会いも、現在に大きく影響している。

玉川監督 同じメーカーを使っていたこともあって尊敬していた。高1夏からプライベートトレーニングに連れていってもらっていたし、湯浅も自分の背中を追わせていた。彼がいたからこそ、今があると言っても過言ではないです。

昨年12月のワールドカップ(W杯)で8位と健闘し、五輪初出場をたぐり寄せた。日本勢のW杯1桁着順は、17年1月に湯浅が7位に入って以来のことだった。

玉川監督 (1本目21位で)数年前に同じようなシチュエーションで2本目を失敗しているので、今回は来ると思っていた。悔しい経験が生きましたね。高校時は食べても太れず、細身で世界で戦うにはフィジカルに課題があったが、体重も増えたようでパワーアップしていると感じた。

16日に競技が行われる国家アルペンスキーセンターは、今大会のために新設されたコースになる。

玉川監督 人工雪で欧州とは雪の質がまったく違うし、とにかく寒い。そこに気をつけてほしい。ただ、ベテランのアドバンテージがないので若い選手の方がいい。W杯よりいい滑走順になるはずだし、まずは1本目で10番台につけ、2本目勝負。最後はメンタル。萎縮しないで臨んでほしい。

◆小樽双葉高出身の五輪出場選手 98年に共学になるまで女子校だったように、過去2人のオリンピアンは女子選手。第1号は68年グルノーブル大会スキー距離に出場した加藤富士子(前身の小樽双葉女子学園出)で、5キロは18分28秒2で23位、10キロは40分40秒0で32位。日本女子のスキー出場第1号でもあった。もう1人は柏木久美子で、98年長野と02年ソルトレークシティーの2大会でアルペンに出場。19歳で出場した長野では回転24位、大回転27位、スーパー大回転36位。ソルトレークシティーでは回転16位、大回転35位だった。

◆小山陽平(こやま・ようへい)1998年(平10)5月31日、石川県金沢市生まれ。金沢内川小1年で競技を始め、全国中学大会では内川中2年で大回転、同3年で回転優勝。小樽双葉高では1、2年時全国高校大回転連覇。3年時は世界選手権出場のため不参加。16年ユース五輪(ノルウェー)大回転銀メダル、世界ジュニア選手権大回転優勝、回転2位。17年札幌冬季アジア大会大回転優勝。卒業後日体大に進学。家族は両親と弟。