ノルディックスキー複合団体で銅メダルを獲得した日本のメンバーが18日、一夜明けてメダリスト会見とメダルセレモニーに臨んだ。アンカーに抜てきされ、同種目28年ぶりのメダルに貢献した山本涼太(24=長野日野自動車)は、次回の26年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪での金メダルを目標に掲げ、新たなスタートを誓った。

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メダル授与式で日本のメンバー4人で最年少の山本は目を潤ませた。メダルを目の前にして「取ったんだなって実感に変わった」。アンカーでの力走から一夜明け、メンバー唯一の20代は、五輪メダリストになった喜びをあらためて感じていた。

天国の父へ報告する。元複合選手だった父直鋭(なおえ)さんは17年に亡くなった。競技開始のきっかけは父だった。五輪には立てなかった父の夢をかなえた。「(メダルを)掛けることはできないけど亡き父に一番先に見せてあげたい。仏壇の上にホコリがかぶるまで」。悲しい別れで強くなった山本が天国に思いをはせた。

荻原兄弟、渡部兄弟が卒業した複合の名門早大の出身。ただ、学生時代には実績がなく、就職先に苦労した。数社の不採用をへて、現所属先の長野日野自動車入りが決まった。早大の一戸剛監督が18年平昌五輪の現地で、極寒で冷えた体を温めようとカップラーメンをたまたま一緒に食べたのが同社につながる関係者だった。当時、同社にスキー部はなかったが、この縁で発足。山本は「拾ってくださらなければ競技を続けられなかった。感謝している」と話す。

若手のホープとして、4年後に目を向ける。北京での個人戦はノーマルヒル14位、ラージヒル12位に終わったが、初の五輪で注目度の高さや雰囲気を経験できた。目指すのは、個人の躍進だけでなく団体2連覇を達成した94年リレハンメル五輪以来の頂点だ。「今回取ったメダルよりいい色を目指す。また金メダルに向かっていきたい」。表彰台。隣で金色のメダルを手に笑顔のノルウェー勢の姿を目に焼き付けていた。【保坂果那】