北京五輪で2大会連続のメダルに挑んでいるカーリング女子日本代表のロコ・ソラーレ。レギュラー4人のうち3人は北海道の北見市常呂町の出身だ。チーム名の「ロコ」も「常呂っこ」に由来する。1月、寒さ厳しい町を歩き、日本の「聖地」とされる理由、いまを感じてきた。
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「常呂総合支所」のバス停を降りると、バス停がなかった。これかな…。目印の看板は3分の2ほどが雪で埋まっていた。気温は0度を切っている。目抜き通りは人通りはない。ふと見ると、郵便局前に「ロコ・ソラーレ オリンピック 連続出場 おめでとう!」の文字が。寒さで身を震わせながら聖地を感じた。
人口は3500人ほど。02年ソルトレークシティー五輪の女子代表をモデルにした映画「シムソンズ」では、主演の加藤ローサが「この町にあるのはタマネギとホタテくらい」とぼやいてたっけ。ホタテ養殖の発祥の地で、タマネギの生産が有名。そんな、オホーツク海とサロマ湖に面した小さな町。ただ、いまはカーリングがある、ロコ・ソラーレがいるではないか。
「いや~、でも、町の人には彼女たちは『隣のお姉ちゃん』なんですよ」。教えてくれたのは、ロコの行きつけの「松寿し」店主の渡辺大棋さん。店内には平昌で使ったお宝ブラシなど記念品の数々。「店にいても、みんな驚かないですしね」。それも小さな町の良さかなあ。
なぜ聖地になったの? 教えてくれた常呂町カーリング倶楽部理事長の鈴木繁礼さんは、「こんなに広がるとは思ってなかった」と懐かしむ。股関節が硬い日本人には、沈み込む姿勢がきついと感じたという。
事の起こりは80年。北海道とカナダ・アルバータ州の姉妹提携の縁で行われたカーリング講習会だった。池田町で行われた見たことも聞いたこともない競技の勉強に町からも3人が参加し、その1人が酒屋を営んでいた故小栗祐治さんだった。
たちまち魅了されて動きだした。最初は屋外のスケートリンクの隅っこ。毛糸を氷の中に埋めてハウスを作り、石はビールのミニたるを利用した。「こっけいなスポーツで取り上げられたこともありましたよ。氷の上をほうきで掃いてるんですから」。
タマネギ以外にもジャガイモ、ビート、小麦を生産する農業、そして漁業の町。冬場に体を動かす目的で仲間を募った。そういえば、常呂までのバスからは一面雪に覆われた畑が見え、同乗した女性は「冬はなんもないから」としみじみ言っていた。
当初は講習会をへて道内各地で行われていたが、転機は89年の「はまなす国体」だった。常呂町での実施が決まり、アジア初の専用リンク「常呂町カーリングホール」が88年に完成した。「いままでは氷が傾いていたり、山があったり。ラッキーショットで勝つのがなくなって、レベルの高いチームが勝つように。それで、五輪選手が出るようになってきたね」。
鈴木さんの言うように、競技採用された98年長野には5人。以降も北京まで全大会に出身者を送り出す。90年からは小学校の授業に取り入れられ、5人に1人は経験者という。町内リーグには約40チームが参加し、コロナ禍で海外遠征ができない時期にはロコ・ソラーレも町民と手合わせしていた。丘の上の常呂神社の絵馬は石の形をしており、観光スポットになっている。
そんな町も変化の時を迎えている。06年に合併。「常呂郡常呂町」から「北見市常呂町」となった。中心地の北見駅までは約40キロ、車で1時間。電話番号の局番も違う町と一緒になった。いま、市政は「カーリングのまち北見市」をキャッチフレーズにし、北見駅には石がポストに乗った「カーリングポスト」があり、記念グッズもわんさかある。
それまでは北見といえば焼き肉だったという。道内で焼き肉店の対人口比が一番高い。約12万に対し、約60店舗も。確かに町を歩くと、肉が焼けるにおいが冷気に混じった。夕方に制服姿の女子高生2人が煙もくもくのしちりんでジュージュー、という姿もあるらしい。
そこにカーリングが加わった。13年に常呂町に新設された国際基準の「アドヴィックス常呂カーリングホール」に続き、20年には旧北見市内に「アルゴグラフィックス北見カーリングホール」もオープン。ただ、常呂の人からは「北見もやってはいたけど、カーリングは常呂でしょ」という声も聞こえてきた。
実際、旧北見市圏内では未経験者が多数。訪れた北見のホールでは体験教室が行われていた。その1人は「北見に住んでるのに、やったことがないのもね」と楽しそうに教えてくれた。
前述の鈴木さんは「少子化で、常呂でも競技する子が減ってきている。他の誘惑も多いからね。伝統は残ってほしいなあ」と不安視する。
ロコの「お姉さん」たちは近すぎて、あこがれとは違うのかな。反対に北見駅付近で会った人は、目を輝かせる人が多かった。「あっちの笑顔の写真がいいですよ」とお勧めのポスターを紹介してくれた人、観光案内所の女性は常呂神社のカーリング石ストラップを見せてくれた。きっと北京の活躍も楽しみにしている人も多いはず。
カーリングでは投げた石を置かれた石にぴったりくっつけるショットを「フリーズ」という。ロコ・ソラーレは大きくなった「聖地」で、町と町をくっつける存在でもあるのかな。
氷点下で「フリーズ(凍結)」しながら、そんなことを考えた。【阿部健吾】
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