【パリ7月31日(日本時間8月1日)=木下淳】「令和の三四郎」こと男子90キロ級の村尾三四郎(23=JESグループ)が、初出場の銀メダルに悔し泣きした。決勝で前回21年の東京五輪王者ラシャ・ベカウリ(24=ジョージア)に逆転負け。残り30秒の内股がわずかに決まらなかった。同じ2000年生まれのライバルに4戦4敗も「銀で終われない」。借りは28年ロサンゼルス五輪で返す。日本男子は初日から5階級連続の表彰台となった。女子70キロ級の新添左季(28=自衛隊)は昨年世界女王ながら7位に沈んだ。日本女子は大会第7日時点でメダルまだ2個と不振に陥っている。
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5歳から欲しかったものが、手からこぼれ落ちた。序盤に谷落としで技ありを奪う。1年超の研究を実らせたが、残り4秒、村尾が仕掛けた小外刈りを返された。五輪2連覇を狙うベカウリに、曲芸のような身のこなしで小内刈りを合わせられた。逆転負けに涙をこらえられない。残り30秒で繰り出した内股が、微妙判定でポイントにならなくても「自分にガッカリしている」と言い訳しなかった。
昭和の三四郎(岡野功)平成の三四郎(古賀稔彦)ら金メダリストに次ぐスター候補は「僕、最初から三四郎」と生まれながらに柔道を愛した。小学生の時は相撲も強く現在の関脇大の里に勝ったこともあるが、畳を選択。茨城、兵庫、神奈川と柔道留学し、東海大では主将を務めた4年時に「伝説」になった。学生日本一を決める決勝で、自身より75キロも重い斉藤立(パリ五輪男子100キロ超級代表)に勝利。「勝ち筋が見えない試合を初めて制して殻を破れた」と飛躍した。
五輪前に22、23年の世界王者を連破するなど世界の頂が見えかけたが、同じ2000年生まれのベカウリには、これで高校3年の世界ジュニア決勝から4戦4敗。「手応えはあったけど…勝ち急いだ」と猛省を胸に、ライバル関係は続く。
座右の銘はボクシング元ヘビー級王者マイク・タイソンの「Be Real」で、村尾は「本物になる」と訳している。28年ロサンゼルス五輪へ「銀では終われない。ロスで金メダルを取りたい」。もう1つのルーツ、母が生まれた米国で五輪の借りは五輪で返す。
◆村尾三四郎(むらお・さんしろう)2000年(平12)8月28日、米ニューヨーク生まれ。2歳で横浜へ移り住む。幼少時は相撲や体操、水泳、ラグビーにも取り組む。5歳で茨城、中学は兵庫・姫路灘中、高校は神奈川・桐蔭学園と柔道留学を重ねて東海大。22年にマスターズ大会を初制覇した。23年4月にJESグループ柔道部1期生として入社。5月の世界選手権で銅メダル、翌6月にパリ代表内定。左組み。得意技は内股。家族は両親と兄、姉。180センチ。血液型B。
○…村尾がベカウリに残り30秒で仕掛け、技ありにも見えた内股について、日本男子の鈴木監督は“疑惑の判定”とは受け止めなかった。「映像を見たが、今回の五輪では取っていない印象。5日目までの流れを見たら、いくつか同様の状況があった」。ポイントなしに「納得」と答えた。その上で「尻もちをついて片手だったので。両手だったらポイント。非常に惜しかったが、ルールにはそう書いてある」と解説を加えた。
○…ベカウリが決勝で村尾をねじ伏せ、五輪2連覇を24歳にして成し遂げた。序盤に技ありを奪われた後、が真骨頂。接近戦に持ち込み、すくい投げで技あり、残り4秒の小内刈りで合わせ一本となる技ありを奪った。「金は好きな色。自分の国にとって歴史的」と誇った。母国東部の村で7歳から柔道を始めて、毎日往復7キロの道を歩いて道場に通った。世界選手権の優勝こそないが、祭典では無類の強さを発揮する。「次の夢も五輪の金メダル」。28歳で迎える28年大会での3連覇を誓った。



