「今まで生きてきた中で一番幸せです」
14歳の中学生、岩崎恭子の言葉は有名だ。1992年バルセロナ五輪の競泳女子平泳ぎ200メートル決勝。大会前の予想を大きく覆し、金メダルに輝いた。
競泳史上最年少金メダリストという偉業。その14歳が「今まで生きてきた中」と表現したことは、ほほえましさも相まって大きな話題となった。
7月31日、体操男子個人総合で新たなチャンピオンが誕生した。20歳の岡慎之助が中国勢との大接戦を制した。2位の張博恒とはわずかに0・233差だった。
体操界では「日本の宝」と呼ばれる逸材だが、世間的には「無名」だった。前回王者で日本のエース、橋本大輝が注目されていただけに「予想に反する」優勝と言えるだろう。
多くのメディアが五輪直前、恒例の「金メダル予想」を掲載して話題を作る。日刊スポーツでは7月26日付の紙面に掲載。ここでは当然、橋本が金メダルとなっていた。
大会直前予想。筆者も五輪担当記者時代にやっていた。大会が近くなればメディア公開の場はなく、選手の実績をもとに判断するしかない。競馬での「パドック」はない。そのため新たな力、旬の選手の力まで測れない。そこへ、長く取材してきた選手がいれば期待も込めて「金」と打ちたくなるものだ。
その日刊スポーツの金メダル予想は21個で次の通り(◎=的中)。
◆27日
(1)スケートボード男子ストリート小野寺吟雲
(2)◎柔道女子48キロ級・角田夏実
◆28日
(3)◎柔道男子66キロ級・阿部一二三
(4)同女子52キロ級・阿部詩
◆29日
(5)◎体操男子団体・日本
(6)フェンシング女子サーブル個人・江村美咲
◆30日
(7)卓球混合ダブルス張本智和・早田ひな組
◆31日
(8)体操男子個人総合・橋本大輝
◆8月2日
(9)柔道男子100キロ超級・斉藤立
◆3日
(10)柔道混合団体・日本
◆4日
(11)フェンシング男子フルーレ団体・日本
◆6日
(12)スケートボード女子パーク開心那
(13)レスリング男子グレコローマン60キロ級・文田健一郎
◆7日
(14)セーリング混合470級=岡田奎樹・吉岡美帆組
(15)レスリング女子50キロ級・須崎優衣
◆8日
(16)レスリング女子50キロ級・藤波朱理
◆9日
(17)ブレイキン女子AYUMI
(18)スポーツクライミング男子複合・安楽宙斗
◆10日
(19)バレーボール男子・日本
(20)ブレイキン男子shigekix
(21)陸上女子やり投げ・北口榛花
現在のところ日本の金メダルは8個。予想の的中は3つだった。
筆者は2012年ロンドン五輪で競泳を担当している。金メダルこそなかったが、日本競泳界がメダル数で大きく躍進した大会だった。その中でこんな記事を書いている。
「競泳女子平泳ぎに、92年バルセロナ五輪の岩崎恭子以来の“びっくり”メダリストが誕生した。30日の女子100メートル平泳ぎ決勝で、鈴木聡美(21=山梨学院大4年)が大外の第1コースから猛追し、1分6秒46で銅メダルを獲得した。6コースのラーソン(米国)がフライングしたのを見て緊張がほぐれ、自分の泳ぎに集中。下馬評を覆す3着で、寺川、入江に続く、日本競泳史上初の1日3個のメダルとなった」(一部抜粋、2012年8月1日付日刊スポーツ)
前年に行われた上海での世界選手権は100メートルが準決勝敗退、200メートルは予選敗退だった。もちろんロンドン五輪の下馬評は「無印」。しかし鈴木は100メートルの銅に続き、200メートルで銀、リレーでも銅と3個のメダルを獲得し、一躍時の人となった。
高校時代からエリートではなかった。硬くなりやすい性分。いつも会場の雰囲気、周囲の選手のオーラに圧倒されてきた。山梨学院大へ進学後、まさに練習に継ぐ練習を積み重ね、心の弱さを克服した。バネになったのは悔しさ。泳ぐゴーグルの中に涙がたまり見えなくなった。
座右の銘は「捲土(けんど)重来」。1度敗れた者が、再び勢いを盛り返し、巻き返すこと。ロンドン五輪の前、書家にこの文字を書いてもらい、お守りとして持っていた。
その後、16年リオデジャネイロで女子平泳ぎ100メートルに出場したが、準決勝で敗退。前回の東京五輪は出場権を逃している。
その鈴木が再びオリンピックの舞台に戻ってきた。33歳になった。200メートル平泳ぎに出場し、予選、準決勝を勝ち上がった。ギリギリの全体8番目での進出だった。敗退の9番手とは0秒49差。運にも恵まれた。ただ、これほど不屈の精神を持った選手は知らない。
女子200メートル平泳ぎ決勝。今日1日(日本時間2日午前4時11分スタート)、鈴木はロンドン大会以来となる12年越しのファイナルに挑む。そこで何を見て、どういう言葉を口にするのか。
オンリーワンの「捲土(けんど)重来」物語。ここまでの道のりこそが“金メダル”だ。【佐藤隆志】



