【パリ7日=阿部健吾】男子グレコローマンスタイル77キロ級の日下尚(23=三恵海運)が金メダルを獲得した。
決勝ではジェメブ・ジャドラエフ(カザフスタン)に5-2で逆転勝ち。フリースタイルを含め、日本勢の最重量級での制覇は、日体大の松本慎吾監督(46)と鍛え上げた先にあった。60キロ級の文田健一郎に続く優勝で、1大会でグレコの日本勢が金メダル2個を手にするのは64年東京五輪以来60年ぶりとなった。
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周りを笑顔にする男だ。世界一を決めた直後のインタビューでも「最高に楽しい6分間でした」と言ってニヤリ。「尚」の由来となった高橋尚子さんが00年シドニー五輪で金メダルを取った後の「すごく楽しい42キロでした」をもじった決めぜりふ。「ずっと考えてました」と暴露して目尻を下げた。ただ、この質問の時だけは涙がこぼれないように上を向いた。「松本監督への思いは…」。
19年に入学した日体大にその人はいた。グレコ84キロで04年アテネ7位、08年北京15位の松本監督。高3で初めて会った時には「なんじゃ、あのふくらはぎ。太すぎだろ」と目を疑った。翌春、文字どおり、胸を借りる日々が始まった。
「ボコボコにされた」。3歳で始めたレスリングは、小、中と全国大会の優勝はない。「凡人です」が口癖。父省二さんも「運動能力もずばぬけて良くはなかった」。高2で体格が筋肉質になっていき、高3の全日本選手権で3位に入って日体大進学も、当時41歳の恩師に全く歯が立たなかった。幾度投げられ、マットをはいずり回っただろう。ただ、逃げなかった。きつくても、笑った。
向き合い、愚直に前に出る。スタイルにも共通する姿勢だ。中学生までは相撲にも取り組んだ。「俺レスリング選手だっけ」と疑問になるほどの時期もあった。いまでも「円いマットは土俵」と話すほど。下から突き上げるかち上げを会得し、「自分なりの感覚がある」と押し勝つスタイルが完成していった。
ただ、松本監督が46歳になった今も、約20キロの体重差もあって、勝てなかった。「肉体と肉体で語り、分からせてくれる」。いつしか、授業の合間の1時間、2人だけで組み合う鍛錬が毎日になった。成果著しく、1年前は国際大会で優勝経験なしから急成長。世界ランク1位になったが、まだ抑え込まれる。「俺、強くなってないのかな」。てんぐになることは許されなかった。
パリへの渡航前、ついにその時は訪れた。「勝たせてくれたのかも」と感じながら、何よりの自信になった。「日下尚のレスリングをしてこい!」。そう送り出された。パリでの4試合、押しまくった。「人生を変える」と挑んだ決勝では第2ピリオド開始直後に、「圧が効いて、相手が変な体勢に」と押し倒して2点を奪取。流れを決めた。
日本に残る師は、グレコ重量級で初の頂点を目指した。いま、弟子は日本勢最重量の王者となった。試合後、こらえた涙とともに言った。「感謝の気持ちを早く述べたい。松本先生がいて自分がある。全体練習でない所で、ずっと何年も続けてきて今がある」。帰国後には、また1対1がやってくるだろう。「五輪王者なんで、負けたら話にならないっす!」。あと1回、“大一番”が待っている。
○…グレコ重量級での戴冠に日下を導いた松本監督は「本人は『凡人』と言いますが、努力できるのは天才だ」とたたえる。サボらない姿に「僕も疲れきって『今日は…』となっても、本当に1対1の勝負なので」と同じく逃げずに向き合った。08年に引退後、母校で指導にあたった。いまも胸を貸し続ける理由を「見学にきた卒業生が『先生、まだやってるな』と思ってほしい。そうしたら自分もサボれないでしょう」。それがグレコの普及、強化につながると信じてきた。その1つの思いが結実した。
○…3歳から15年間指導した高松北高の竹下監督は「凡人じゃなくて、器用な子。どっかで花咲くだろうと。みんなよりもちょっと体の成長が遅かったので」と振り返る。体格差に勝る海外勢にも押し負けなかった。「やっぱり体じゃなくて、日本古来の相撲、足腰の粘り。それで海外勢は圧倒したのかな」とうなった。
○…両親は幼少期の日下の姿が印刷されたTシャツ姿で応援した。母晃子さんは「出会いを全て力にした気がしますそれが才能かも」と感謝した。4人きょうだいの長男。地元では部活帰りに人助けしたり、親も知らない知人が多いという。「たこ焼きやのおばちゃんもこのTシャツ着て、たこ焼きを焼いてくれてるんです」と明かした。
☆日下尚(くさか・なお)☆
◆生まれ、サイズ 2000年(平12)11月28日、香川県高松市生まれ。178センチ。
◆来歴 母が高松北高の竹下監督と職場の同僚という縁で、3歳で競技を始める。高2で頭角を現し、高校グレコ選手権優勝など。日体大では77キロ級で23年世界選手権銅などの実績。
◆うどん 郷里の名物をこよなく愛し、「だから腰(コシ)が強い」が信条。高校時代は1食で5玉が当たり前で、今大会前も乾麺を持参して「すすりました」。金メダル獲得に「うどんはスーパーフードです!」。お気に入りは地元の「あづまうどん」。
◆超人 自称「凡人」で「走るのも遅い」。「凡人から超人へ」がテーマの五輪だった。「今後いつアベンジャーズに誘われるか心配で。4年後、アベンジャーズで宇宙にいるかもしれないですね」。



