【端正】西武金子功児内野手に、同姓の金子真仁記者が聞く ご縁のままに生かされて 

交流戦を過ぎても、西武の苦しい戦いが続きます。ファームの若手たちは奮闘中。その現状を聞こうと、昨秋の育成ドラフト4位で入団した金子功児内野手(20=BC武蔵)と話していたところ、「金子」の姓だけでなくいろいろなご縁がありました。ご縁って本当に不思議です。

プロ野球

◆金子功児(かねこ・こうじ)2003年(平15)9月2日、神奈川県生まれ。小学1年から野球を始め、中学時代は硬式の寒川リトルシニア所属。光明学園相模原では2年秋から主将を務め、3年夏の県大会は2回戦敗退。甲子園出場はなし。卒業後はBCリーグ・埼玉に入団。遊撃のレギュラーとなり、在籍2年でリーグ戦121試合出場、4本塁打、43打点、打率2割4分2厘。23年育成ドラフト4位で西武入り。176センチ、79キロ。右投げ左打ち。今季推定年俸320万円。

■侑司の1000試合出場表彰を見届け

初対面の金子功児をインタビュールームで待っていると、テレビでは隣のベルーナドームでの1軍戦の放送が始まった。金子侑司外野手(34)の通算1000試合出場の連盟表彰が試合前に行われていた。

入団時には同じ金子で「ユウジコウジ(侑司・功児)と呼ばれるように頑張りたい」と意気込んでいた〝相方〟の晴れ姿を、ウエートルームで見ていた。

「今ちょうどウエートやってる時に、テレビ見ながら、みんなで話してて。0試合と1000試合じゃん、って。まず1試合目にいくのが大事なんでしょうけど、その、やっぱ、数って感じるものがあります。自分もそういう選手になりたいなって思いました」

光明相模原(神奈川)を卒業後、BCリーグの武蔵ヒートベアーズへ入団。2年間プレーし、NPBの世界に飛び込んだ。

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1980年11月、神奈川県座間市出身。法大卒、2003年入社。
震災後の2012年に「自転車日本一周」企画に挑戦し、結局は東日本一周でゴール。ごく局地的ながら経済効果をもたらした。
2019年にアマ野球担当記者として大船渡・佐々木朗希投手を総移動距離2.5万キロにわたり密着。ご縁あってか2020年から千葉ロッテ担当に。2023年から埼玉西武担当。
日本の全ての景色を目にするのが夢。22年9月時点で全国市区町村到達率97.2%、ならびに同2度以上到達率48.2%で、たまに「るるぶ金子」と呼ばれたりも。