【巨人→西武松原聖弥】移籍会見全文「ちょっとした挫折じゃくじけない」/連載53

巨人から西武にトレード移籍する松原聖弥外野手(29)が6月25日、ベルーナドームで移籍会見を行いました。戸惑いと決意。素直な言葉で語りました。全文をどうぞ。

プロ野球

◆松原聖弥(まつばら・せいや)1995年(平7)1月26日生まれ、大阪府出身。仙台育英―明星大を経て16年育成ドラフト5位で巨人入団。18年にイースタン・リーグ最多の134安打を記録し、同年7月に支配下登録された。20年7月25日ヤクルト戦で1軍デビュー。21年は球団2位の27試合連続安打をマークし、育成ドラフト入団選手で最多の12本塁打を放つなど規定打席に到達した(打率17位)。173センチ、74キロ。右投げ左打ち。今季推定年俸2500万円。

<渡辺GMより>

読売巨人軍からトレードで獲得いたしました松原選手を皆さんにご紹介いたします。背番号はちなみに35であります。

■「その時にはまだ西武ライオンズっていうことは伝えられずに」

―多くの移籍選手を見てきた中で自分がなっての心境

はい。まず率直に戸惑いの部分はもちろんあったんですけど、それと同時に、新天地でもう一度やってやろうっていう気持ちは一番強いです。

―いつ伝えられた

おとといの夜ですね。電話をいただいて。その時にはまだ西武ライオンズっていうことは伝えられずに、昨日(西武ライオンズと)知った感じです。

―トレードの瞬間の気持ち

7年半ジャイアンツで、長いようで本当に短い、もう活躍した年なんて本当に2年間もないぐらいだったので、その2年、3年くすぶっていたんで、またチャンスが来たと思って。喜びと寂しさと、って感じでした。

―巨人首脳陣や選手からは声は

選手は基本的には、会うタイミングがなくてしっかり挨拶はできてないんですけど、監督、コーチ、お世話になった方には自分から電話をして報告させていただいた時に「チャンスだからレギュラーするつもりで」っていう言葉をいただきました。

阿部さんもまず一番最初に電話をして「チャンスだから」ということで言葉をいただきました。

―亀井コーチとは

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1980年11月、神奈川県座間市出身。法大卒、2003年入社。
震災後の2012年に「自転車日本一周」企画に挑戦し、結局は東日本一周でゴール。ごく局地的ながら経済効果をもたらした。
2019年にアマ野球担当記者として大船渡・佐々木朗希投手を総移動距離2.5万キロにわたり密着。ご縁あってか2020年から千葉ロッテ担当に。2023年から埼玉西武担当。
日本の全ての景色を目にするのが夢。22年9月時点で全国市区町村到達率97.2%、ならびに同2度以上到達率48.2%で、たまに「るるぶ金子」と呼ばれたりも。