岩村明憲さんが貫く何苦楚魂 ユニホーム脱いでも経営者一本で福島にとどまる訳/前編

あの「ガンちゃん」は今―。プロ野球のヤクルト、メジャーリーグのタンパベイ・デビルレイズ(現レイズ)などで活躍した岩村明憲さん(46)は現在、独立リーグ「ルートインBCリーグ」福島レッドホープス球団の代表取締役会長として奮闘しています。昨年8月、監督を退任し球団経営に専念して約1年。下部組織の運営の厳しさを痛感しながらも、「地方のプロスポーツ下部組織の経営は厳しいと思いますが、新たなモデルをつくりたいという思いでやっています」。東日本大震災から「復興のシンボル」として、福島県内に立ち上げた球団は創設11年目。華やかなトップ舞台の陰で、マイナー球団が厳しい現実から抜け出すために奔走中。独自のノウハウを構築しています。2回に分けて連載します。

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◆岩村明憲(いわむら・あきのり)1979年(昭54)2月9日生まれ、愛媛県宇和島市出身。宇和島東高から96年、ドラフト2位でヤクルトへ入団。01年には「ミスタースワローズ」の称号ともいえる背番号1を背負い、球宴に選出され、日本シリーズでは優秀選手を獲得して日本一に貢献。06年には第1回WBCの日本代表に入り、主力として優勝メンバーに。09年のWBCでも日本代表入りし2連覇に貢献した。07年にメジャーのタンパベイ・デビルレイズ(現レイズ)へ移籍し、パイレーツ、アスレチックスでプレーし、10年に楽天へ移籍。12年に古巣ヤクルトへ戻り、15年にルートインBCリーグ「福島レッドホープス」の選手兼監督に就任した。日米通算成績は1602試合に出場し、打率2割8分4厘、209本塁打、732打点。現役時代は「ガンちゃん」の愛称で親しまれた。

球団提供、サムネイル写真も

球団提供、サムネイル写真も

■「BSなどの推移は見ています」

年齢、人生経験を重ね、少しふっくらした体形もあるのだろう。岩村さんは、穏やかな雰囲気のビジネスマンになっていた。

「代表取締役会長の岩村です。お世話になります。こちらへおかけください」。名刺交換すると、応接室の上座へと誘導する。

来客が着席したのを見届け、本人も腰をおろす。あいさつの仕方、名刺の出し方など、ビジネスマンとしての所作を身に着けていた。「やっぱり現場にいる時とは違いますね。(経営者として)しっかり基本的なことから学びました。この1年、運営する側に専念して、いろいろなことが見えてきました。経営に専念するようになってからは、特に球団の収支はすごく意識するようになりました。BS(バランスシート、賃借対照表)などの推移は見ています」とサラリと会計用語も口にした。

昨年8月「ちょうど球団創設10年の節目でしたから」とユニホームを脱いだ。

兼任監督時代から球団経営に携わっていたが、完全に背広組に転身。球団トップとしての自覚が増したという。

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野球

平井勉Tsutomu Hirai

Kumamoto

1967年、熊本市生まれ。1990年に入社し、プロ野球の西武、ヤクルト、巨人などを担当。米ロサンゼルス支局時代には大リーグを担当し、野茂英雄、イチローらを取材した。
野球デスク、野球部長、経営企画本部長などをへて現職。著書「清原和博 夢をつらぬく情熱のバッター」(旺文社)「メジャーを揺るがす大魔神 佐々木主浩」(旺文社)がある。