【ドミニカ野球の衝撃/後編】金の卵いっぱい「16歳で100マイル投げる投手も」

米大リーグ入りを目指して、海外で奮闘している日本選手が増えています。中村来生投手(22)は、25年にマーリンズ傘下のルーキーリーグ「ドミニカ共和国サマーリーグ」でプレーしました。22、23年には日本のプロ野球、広島に育成選手で在籍した右腕が経験した、日米球団の違いやドミニカ共和国での生活環境を聞きました。25年12月の取材の後、マーリンズから自由契約となりましたが、「最終的にはメジャーでプレーする目標は変わってないです」と力強く語っていました。

後編です。

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◆中村来生(なかむら・らいせい)2003年(平15)5月6日、富山県高岡市生まれ。高岡第一から21年育成ドラフト3位で広島入団。1軍昇格はなく、ウエスタン・リーグでは2年間で通算8試合1勝0敗、防御率12・00。24年に米国でトラベリングチーム「アジアンブリーズ」に参加し、力を認められてマーリンズとマイナー契約。190センチ、95キロ。右投げ右打ち。


シーズンは短い「3カ月です」


―ドミニカサマーリーグは、シーズン自体が結構短いですね


3カ月です。キャンプは3カ月あるので。シーズンは6月、7月、8月です。今年はプレーオフも出たので、ちょっと伸びたんですけど。


マーリンズのルーキーリーグで奮闘していた元広島の中村来生投手(中央、本人提供)

マーリンズのルーキーリーグで奮闘していた元広島の中村来生投手(中央、本人提供)


―6カ月以外も、練習はひたすらしている


そうです。シーズンが終わったら、もう僕はいつも帰国して。10月、11月の2カ月、呼ばれた選手はドミニカでキャンプしてるんですけど。それは若い選手で、多分、距離の近い選手が呼ばれてます。僕みたいに呼ばれてない選手は、もうずっと日本でトレーニングしてます。


―では向こうに行っている期間は結構短いですね。6カ月ぐらいということですよね


はい。半年間くらいです。


―マーリンズと契約して、1年目はドミニカサマーリーグのマイアミというチームに所属。11試合に登板。1勝1敗で12回 2/3 で防御率14.21でしたね。


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斎藤直樹Naoki Saito

Kanagawa

1973年、横浜市生まれ。金沢高ー早大。97年日刊スポーツ入社。整理部、関連会社出向、グラフィックス班を経て、静岡支局で常葉学園菊川の甲子園優勝を見届けた。
08年から野球部。記録担当(セイバーメトリクス)、アマチュア担当、遊軍、NPB担当、デスク、DeNA担当を経て、現在はMLB担当。24年はドジャースの韓国開幕戦と地区優勝を現地で見た。訪問したメジャー球場は9。全球場制覇とファンタジーキャンプ参加が夢。著書に電子書籍「メモリー球譜」。
趣味はファンタジーベースボールと城めぐり、株式投資。最近はジムでの筋力トレーニングと少年野球のコーチに、はまっている。