【初勝利に寄せて】おめでとう。これからも根尾昂として、自信を持って歩いてほしい

中日根尾昂投手(25=大阪桐蔭)が4月8日DeNA戦(横浜)で6番手として登板して、うれしいプロ8年目で初勝利を挙げました。

田村藤夫氏(66)の「プレミアムリポート」は、このコーナーが始まってからずっと取材を続けてきた根尾の節目を記念して、初勝利に接し感じたこと、として送らせていただきます。

決してくじけない根尾を、田村さんは見つめ続けてとうとう8年目になりました。やっとつかんだ初の勝利に、田村さんは何を思ったのか。余すところなく語っていただきました。

プロ野球





◆根尾昂(ねお・あきら)2000年(平12)4月19日、岐阜県生まれ。小2から古川西クラブで野球を始め、古川中では飛騨高山ボーイズに所属。3歳から始めたスキーでは、中学2年時にアルペンスキー回転で日本一となり、世界大会にも出場した。大阪桐蔭では1年夏からベンチ入りし、2年春、3年春夏で優勝。4球団競合の末、18年ドラフト1位で中日に入団。内外野をこなし、21年には自己最多72試合に出場し、30安打、1本塁打、16打点、打率1割7分8厘。22年途中から投手に登録を変更し、同年は25試合に登板。投手通算34試合、0勝1敗、1ホールド、防御率4・09。177センチ、85キロ。右投げ左打ち。今季推定年俸1050万円。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272


根尾昂(2026年4月撮影)

根尾昂(2026年4月撮影)

■深夜0時にLINE「初勝利祝」


8日のもう深夜0時に近かった。プロ初勝利の根尾に短くLINEした「初勝利祝」。味気ないかもしれないが、他にもたくさんお祝いのメールやら、ラインが届くはずだ。手短に、簡潔に。それで私の意は通じるだろう。

いつかはこんな日が来るかなと思っていた。今度、根尾と顔を合わせたら言ってやりたい。「おめでとう、良かったな」と。ただ、それだけだ。

私には根尾の気持ちがわかる。厳密には人の気持ちは当の本人にしかわからないのだが、私には分かる気がする。どちらかと言えば、控えめな表現しかできない私が、ことに根尾については、そんな言い方ができるくらい、根尾のことは見守ってきた。

6番手として延長10回裏を任されて2三振を奪い3者凡退。11回表に中日打線が2点を奪い、最後は抑えの松山がDeNAの攻撃を抑えた。うれしいプロ8年目の初白星だ。

私はこう感じている。

本文残り69% (2432文字/3509文字)

1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。