【中村俊介/下】「自分に絶望」全日本を糧に成長 生まれ変わった自分を世界で試す

日刊スポーツ・プレミアムではフィギュアスケーターのルーツや支える人の思いに迫る「氷現者」をお届けしています。

毎週月曜日に配信してきたコーナーですが、12月8日にはジュニア、シニアのグランプリ(GP)シリーズ2戦を合わせて上位6人(組)に入った選手が出場する、GPファイナルがイタリア・トリノで開幕します。

「氷現者」の第4弾は拡大版として、ジュニアGPファイナルに初出場を決めた男子の中村俊介(17=木下アカデミー)のルーツを紹介。下編では名古屋から関西に練習拠点を移す大きな決断、今季にかける強い思いに迫ります。(敬称略)

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〈ジュニアGPファイナル初出場直前企画 「氷現者」特別編 火、木に特別配信〉

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21年全日本選手権、SPで演技をする中村俊介。0・67点差でフリー進出を逃したが、この悔しさを今季の成長につなげた

21年全日本選手権、SPで演技をする中村俊介。0・67点差でフリー進出を逃したが、この悔しさを今季の成長につなげた

「行かなきゃ…」中2で拠点替え浜田美栄コーチのもとへ

今から、4年近く前のことだった。中村には中学1年時の記憶が残っている。

ジュニアへの転向を控えた、2019年2月だった。同世代のノービス日本一を2年連続で逃し、成長を続ける周囲との差に諦めの気持ちが出ていた。身近な家族は、誰よりも自分の性格を分かっていた。

「家の階段で聞いていたのを覚えています。何か別のことで母に怒られている時に、ふと浜田(美栄)先生の名前が出たんです。思わず膝がカクッときました。元々環境を変えるのが好きじゃない。先生は厳しいイメージもあったので…」

すぐに決断はできなかった。前年には平昌五輪が行われ、浜田の教え子である宮原知子が4位入賞を飾っていた。拠点を新しくすることで、生まれ変わることができるかもしれない-。そんな思いの一方、ストイックな取り組みが求められることも想像できた。

進むか、とどまるか-。

「最後は自分で決めました。『行かなきゃ』という気持ちが勝りました」

中学2年生に進級した4月、祖父母の自宅近くにある兵庫・西宮市の公立中学校へと転校した。

大学までラグビー部に所属。2013年10月に日刊スポーツ大阪本社へ入社。
プロ野球の阪神を2シーズン担当し、2015年11月から西日本の五輪競技やラグビーを担当。
2018年平昌冬季五輪(フィギュアスケートとショートトラック)、19年ラグビーW杯日本大会、21年東京五輪(マラソンなど札幌開催競技)を取材。
21年11月に東京本社へ異動し、フィギュアスケート、ラグビー、卓球などを担当。22年北京冬季五輪もフィギュアスケートやショートトラックを取材。
大学時代と変わらず身長は185センチ、体重は90キロ台後半を維持。体形は激変したが、体脂肪率は計らないスタンス。