【竹野比奈〈上〉】「覚えてない」試合と「忘れられない」惨敗 正反対だった妹仁奈と

日刊スポーツ・プレミアムでは毎週月曜に「氷現者」と題し、フィギュアスケートに関わる人物のルーツや思いに迫っています。

シリーズ第63弾は竹野比奈(28)が登場します。福岡を拠点に競技人生を歩み、全日本選手権に7年連続出場。19年冬季ユニバーシアード代表に名を連ねるなど、長年にわたり第一線で滑り続けてきました。現役引退後は指導者として新たな一歩を踏み出し、次世代の地元スターの育成に力を注いでいます。

2回連載の上編では、スケートとの出会いから全国の壁に直面した原点、そして妹に敗れた忘れられない一戦など、競技人生の礎となった日々をたどります。(敬称略)

フィギュア

◆竹野比奈(たけの・ひな)1997年(平9)7月10日、福岡市生まれ。小2の時に福岡フィギュアアカデミーで競技を開始。福岡・沖学園高2年時の14年にジュニア・グランプリ(GP)シリーズのクロアチア大会に出場。福岡大に進学した16年に全日本選手権初出場を果たすと、現役を引退する22―23年シーズンまで7年連続で出場。最高成績は19年の14位。19年冬季ユニバーシアード代表。23年春から同クラブのコーチを務め、アイスショーなどでも活躍。3学年下の妹仁奈は千葉・MFアカデミーなどで指導者。身長151センチ。

リンクサイドから生徒に目線を送る竹野比奈(撮影・勝部晃多)

リンクサイドから生徒に目線を送る竹野比奈(撮影・勝部晃多)

「あと1周!」から始まった原点

2026年4月。竹野は、指導者として4度目の春を迎えた。幼い頃から通い続けてきた地元の福岡フィギュアアカデミー。約10人のコーチが在籍し、3歳から70歳以上まで幅広い年代の生徒を受け持っている。

日々の現場で感じるのは、楽しさ以上の難しさだ。2023年に引退するまで18年にわたって競技を続けてきたからこそ、自身にとって「できて当たり前」だった動きが、誰にとってもそうではないという現実に直面している。

「氷の上を歩くこと一つをとっても、教えられたことではないので、指導することが難しいんです。ジャンプを跳ぶにしても、氷から跳び上がるのが怖い人に、それを乗り越えさせることは容易ではありません」

始めた頃、自分はどうやって一歩を踏み出していたのか。遠い過去の記憶をたぐり寄せながら、生徒1人1人と向き合う毎日を送っている。

幼少期の竹野(本人提供)

幼少期の竹野(本人提供)

8歳の時だった。家族5人で訪れたスケート場で、同年代の子どもが氷の上で軽やかにスピンを回っていた。くるくると軸を保ったまま回り続ける姿に、目を奪われた。

「私もやりたい」

その一言が、全ての始まりだった。

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スポーツ

勝部晃多Kota Katsube

Shimane

島根県松江市生まれ。2021年4月入社。高校野球の神奈川担当などを経て、同年10月からスポーツ部に配属。バトル班として新日本プロレスやRIZINなどを担当し、故アントニオ猪木さんへの単独インタビューや武藤敬司氏の引退試合、那須川天心―武尊などを取材した。 23年2月から五輪班に移り、夏季競技はバレーボールを中心に担当。同年秋のW杯や24年夏のVNLなど。冬季競技はフィギュアスケートをメインに務め、全日本選手権は2年連続で取材中。X(旧ツイッター)のアカウントは「@kotakatsube」。