【中村優〈下〉】恋のキューピッドは浅田真央 寿司職人から再びスケートの世界へ

日刊スポーツ・プレミアムでは、毎週月曜日にフィギュアスケーターのルーツや支える人の信念に迫る「氷現者」をお届けしています。シリーズ第72弾は中村優(30)が登場。北海道釧路市出身で、実家は寿司店。20年の引退後は寿司職人の修行に励みましたが、22年浅田真央プロデュースのアイスショー「BEYOND」に出演し、フィギュアスケートの世界に舞い戻りました。現在はMAOリンクでコーチを務めます。

全3回の下編は、引退決断からの歩みをたどります。恋のキューピッドは浅田真央でした。(敬称略)

フィギュア

◆中村優(なかむら・しゅう)1996年(平8)9月7日生まれ、北海道釧路市出身。北海道教大釧路小2年からフィギュアスケートを始める。北海道教大釧路中から関大北陽高、関大に進学。全日本選手権は14年から6年連続で出場し、最高は16年6位。15年世界ジュニア選手権12位。20年に現役を引退し、関大を退学。寿司職人の道へ進む。同年YouTube「スケラボ/Skate LAB」を鎌田詩温とスタート。22~23年「BEYOND」、24年「Everlasting33」に出演。24年4月にフィギュアスケーターの今井遥と結婚。夫婦そろって同年11月開設のMAOリンクのスクールでコーチとして指導する。

MAOリンクでコーチを務める中村優

MAOリンクでコーチを務める中村優

「自分はここまでは行けない」世界選手権の羽生結弦を見て

中村が引退を決断したのは、2019年3月。さいたま市で行われた世界選手権をスタンドで観戦した時だった。18年平昌五輪で連覇を達成した次のシーズン、羽生結弦がリンクで舞っていた。SP3位発進から、フリーでは世界初となる4回転トーループとトリプルアクセル(3回転半)の連続技をそろえた。逆転優勝を狙ったが、銀メダル。ネーサン・チェン(米国)が金メダルに輝いた。目の前で繰り広げられた世界の熱い戦いに、胸を打たれた。同時に悟った。

「あれを見て、普通なら燃えるのだろうけど、僕は逆だった。ゆづ君がめっちゃいい演技をして、負けてしまった。こんなにやっても勝てない世界が、ここなんだと思った時に、そこで自分で区切りをつけようと思ってしまった。やるんだったら、目指すか目指さないかのどっちかかなと思った。自分はここまでは行けないなと思った」

世界選手権 表彰式で笑顔を見せる、左から2位の羽生、優勝のネーサン・チェン、3位のビンセント・ゾウ=2019年3月

世界選手権 表彰式で笑顔を見せる、左から2位の羽生、優勝のネーサン・チェン、3位のビンセント・ゾウ=2019年3月

次のシーズンいっぱいでの引退を決めた。

ラストシーズンに入る前に、濱田美栄コーチに「今年で辞めます」と伝えた。

フリーのプログラムには「ロクサーヌのタンゴ」。濱田コーチが選曲した。あこがれの存在、高橋大輔も使用していた曲だった。

「一番好きな曲だった。大ちゃんがやっていたので、ずっとやりたいなって思っていたけど、自分にはまだ早いと思って言えなかった。濱田先生がこの曲を持ってきてくれて思わず『僕がやっていいんですか』って聞き返した」

SPは「マイ・ウェイ」。ともにジェフリー・バトル振り付けで臨んだ。

6年連続で出場した全日本選手権では16位でフィニッシュした。

全日本選手権 男子フリーで演技する中村=2019年12月

全日本選手権 男子フリーで演技する中村=2019年12月

寿司職人の道へ 

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スポーツ

保坂果那Kana Hosaka

Hokkaido

北海道札幌市生まれ。2013年から高校野球などアマチュアスポーツを担当し、2016年11月からプロ野球日本ハム担当。
2017年12月から北海道コンサドーレ札幌担当。冬季スポーツの担当も務め、2022年北京五輪ではノルディックスキー・ジャンプや複合を取材。