【異端監督の組織論/3】黒田剛は何をしたのか 町田の躍進を裏付ける思考と行動

FC町田ゼルビアの躍進をリードする指揮官、黒田剛(54)。青森山田高での経験と学びによって、勝つためのマネジメント術を覚えました。J1昇格1年目となった2024年シーズン、優勝争いに絡む過程で自らのチームビルディングについて明かしています。連載の3回目では、クラブで実際にどう実践していたのかを紹介します。(敬称略)

サッカー

 
 

町田就任1年目でJ2優勝
J1昇格1年目で優勝争い3位

黒田剛(くろだ・ごう)1970年(昭45)5月26日生まれ、札幌市出身。登別大谷(現北海道大谷室蘭)-大阪体育大。卒業後、北海道のリゾートホテル勤務を経て、94年に青森山田高のコーチに就任。95年から監督を務め、雪国のハンディを克服し、チームを常勝軍団へと育て上げた。全国総体は2度(05、21年)、全国選手権は3度(16、18、21年度)の優勝。21年度は3冠。23年にJ2だった町田の監督に就任し、1年目で優勝。2年目の24年もJ1で3位と躍進。家族は夫人と1男1女。

24年 J1上位順位表


順位チーム勝点試合勝数分け敗数得点失点得失差
1神戸72382198613625
2広島683819118724329
3町田663819910543420
4G大阪663818128493514
5鹿島653818119604119
23年2月、就任初年度のチームを見守る黒田。「立ち振る舞いとか、悪い習慣とか、もういっぱい見えた」

23年2月、就任初年度のチームを見守る黒田。「立ち振る舞いとか、悪い習慣とか、もういっぱい見えた」

前年J2で15位のチームを引き継ぎ

木を見て森を見る-。

プロ監督1年目の黒田が最初に取り組んだのは、チームだけでなくクラブの土台も含めた点検だった。

「このチームは22年のJ2で15位だった。得点と失点、またはチームの取り組みとかいろんなものがどうであったのか。果たしてこのチームが昇格するにふさわしいだけの、クラブ管理をしっかりとしてきたかどうか、チームとして成熟してきたかどうかっていうところをちょっと細かく見る作業から始めてみて、やっぱり土台がぶれついていると思った。フロント、強化、いろんな施設も含め、いろんな人たちがちゃんとした土台にチームっていうものを成長させていかないと、いくらやったってうまくいかない。だからいろんなところで客観的に見たり、直接言ってみたりしてきた」

求めたのはチームへのサポート体制を含めた、クラブとしての一体感だった。その“木を見て森を見る”の言葉通り、全体を見渡した。そこからチームへ。試合での得点、失点場面をすべて見返した。根気のいる作業だが、「細かい」と自認する黒田はむしろ得意とするところだ。

「ピッチ上での立ち振る舞いとか、悪い習慣とか、もういっぱい見えた。高校生でもやらないミスばっかりしてるなっていうところもあるし、ちょっとうまいんだけど何これ? というような失点がいっぱいあった。だから逆に改善の仕様があるなと」

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スポーツ

佐藤隆志Takashi Sato

Tokushima

1968年(昭43)生まれ、徳島県出身。91年入社。
希望したスポーツ部に在籍し、2010年サッカーW杯南アフリカ大会、12年ロンドン五輪など取材。デスクを経て現場に戻り、再び大好きなサッカーを取材、執筆しています。
少年時代に読売クラブのジョージ与那城のプレーに魅了され、同じくヒゲをはやしたバルデラマ(コロンビア)のトリッキーなプレーにハートをわしづかみにされる。フリット(オランダ)は憧れの偉人。好きすぎて入社後に髪型をまねたところ「ドレッド」と呼ばれたのは懐かしい思い出です。
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