引退を決めた神山雄一郎(56=栃木)は、都内で行われた会見で率直に心境を語った。引退を決意した時期について「1つの引き金は(6月)函館での失格」「(失格を)やっちったよ。どうすっぺ」と振り返った。以下、一問一答。

-いつ引退を決意したか

定かではないですね。1つの引き金は(6月)函館での失格。いつかは引退しなくてはいけないと考えたのはそのとき。それまでは突き進んでいただけだった。

-周りへの相談は

相談はしていない。言葉はいいかは分からないが「(失格を)やっちったよ。どうすっぺ」という感覚で過ごしてきた。降格まで半年、どうしようかと思いながらも1戦1戦やってきた。家族としては「そろそろ(引退しては)」と思っていたと思うので、僕が相談したら、確実にそっち(引退)の方向に連れて行かれると思ったので相談はしなかった。決めたのはつい最近かな。

-今の心境は

こんな日が来ちゃったのかな、というのが本当の心境です。正直、やれることなら一生やり続けて、できれば上位で戦い続けていきたいと思っていた。

-記録について

率直によくやったという感じ。デビューして何としても特別で優勝したい気持ちでやってきた。そんなに勝ったなんて信じられない。昔、ふるさとダービー函館の前夜祭で、滝沢正光さんと食事した時に「滝沢さん、特別を何回優勝したんですか?」と聞いたら「俺はまだ12回だ」と言われて「この人12回も優勝しているのか」と思ったし、それを抜こうとも思ってはいなかったのに、よく抜いたなという気持ち。特別競輪の決勝にたどり着いて満足するんだけど、そこから「ここを取らないと差がつかない。これを取ってこそ。自分が歩んできた練習や姿勢を評価するには、これを取らないといけない」という気持ちが、他の人より強かったのかもしれない。

-競輪の魅力は

自転車も好きだけど、競輪が好きなんです。競輪を作った倉茂貞助さんに感謝している。勝った、負けたがあって、負けたとしてもやった感を出せるレースがある。勝ってもどことなく釈然としないレースもある。そこが選手としての魅力。負けの中に勝ちと価値があることが、取りつかれる魅力です。目先の1勝が欲しいのは分かるが、負けの中に何を感じ取れるか。そこが奥深さだと思う。

-36年間続けられた原動力は

特別の決勝でも昨日の一般戦でも同じ気持ちで走れるのが原動力。次のレースで何としても1着を取ってやろうと。なかなか辞められなかったのはそれがあったと思う。ファンの方の声援も多く「なかなか辞められないな」というのもあった。

-競輪とは

人生そのもの。競輪で力を出し尽くして、何とか自分の棺おけにたどり着くだけの力を残すまで走り続けたかった。

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