オシムさんは天国から見ているだろうか-。今年5月、イビチャ・オシムさんが80歳で亡くなった。06年W杯ドイツ大会後に日本代表監督に就任し、日本サッカーに数多くの「遺産」を残した同氏はクロアチア出身選手が多くプレーした旧ユーゴスラビアの最後の監督。縁の深い両国の決勝トーナメントでの対戦、楽しみにしているに違いない。

忘れられないチームがある。90年イタリア大会のユーゴスラビアだ。決勝トーナメント1回戦でスペインを破り、準々決勝でアルゼンチンと対戦。退場者が出て10人になりながらも、華麗なテクニックと強固な組織で優勝候補を圧倒した。PK戦負けも、個人的にはベストチームだった。

もともと「東欧のブラジル」と呼ばれるタレントの宝庫。セルビア出身の妖精ストイコビッチを中心に、クロアチア出身の黄金銃プロシネツキ、天才サビチェビッチら87年U-20W杯優勝の黄金世代を加えたドリームチーム。86年から率いたのがオシムさんだった。

最初はピクシーのスペイン戦の鮮やかなゴールなど魅力的なプレーに酔うだけだったが、後からオシム監督の壮絶な苦労も知った。ユーゴ分裂前で民族対立が激化、選手選考や起用にまで影響し、代表編成も困難だったという。内紛の中で選手をまとめ、強い信念でサッカーを守った。

94年米国大会の優勝候補だった。しかし、その後クロアチア、スロベニアなどが次々と独立。出身選手は代表を離れ、ボスニア・ヘルツェゴビナ出身のオシムさんも代表監督を辞した。「ドリームチーム」は最盛期を迎える前に崩壊。W杯優勝も「夢」になった。

オシム監督の薫陶を受けた選手が残るクロアチアとセルビアは、FIFAの制裁が解けた98年フランス大会に出場。選手たちは全盛期を過ぎていたが、クロアチアは初出場で3位になった。その「黄金世代」に刺激を受けたのが、モドリッチら「新黄金世代」だ。

もちろん、オシムさんの指導を直接受けた選手は、日本にもクロアチアにもいない。ただ、今大会でストイコビッチ氏が母国を率いたように「オシム・チルドレン」たちは指導者として今も活躍する。前回準優勝したクロアチアにも、オシムさんの「考えて走る」DNAが生きていた。「ハードワーク」は今も両チームにとっての生命線だ。

決勝トーナメントの試合は、1次リーグとは違う。「引き分けでも」とか「得失点差を」など関係なく、両チームが完全にフラットな状態で戦える。だからこそ両チームの戦い方が注目されるし、選手がどれだけ走れるのかも楽しみだ。オシム監督がよく知る両チームの対戦。天国から見ていてほしいし、できないこととは分かっていても、試合の感想を聞いてみたい。【荻島弘一】(ニッカンスポーツ・コム/記者コラム「OGGIの毎日がW杯」)

カメルーン対セルビア セルビアのストイコビッチ監督(撮影・パオロ・ヌッチ)
カメルーン対セルビア セルビアのストイコビッチ監督(撮影・パオロ・ヌッチ)