いざ目にすると、言葉ではなんとも形容しがたい感情になりました。レアル・マドリードのトップチームの練習に、173センチの日本人、FW久保建英(18)がいる。流ちょうなスペイン語で談笑する、堂々とした姿で。世界一と言っていいクラブに、日本人選手がいる。ゲームの世界がそのまま現実世界に出てきたような、そんな景色です。

米国で開催されているインターナショナル・チャンピオンズ杯参加のため、テキサス州ヒューストンからワシントンDC、そしてニューヨークへ。日中は気温が35度くらいまで上昇し、日なたは危険です。

米国でのサッカーは、どちらかというと女子が人気のよう。男子はまだまだこれからです。久保がデビューしたバイエルン・ミュンヘン戦があったヒューストンでは、スタジアムに向かうタクシー運転手が試合があることを知りませんでした。続くワシントンDCでのアーセナル戦の前日会見後には、後ろの席にいた現地テレビ局のスタッフに「今日の出席者、誰だった?」と聞かれました。ジネディーヌ・ジダン監督(47)を知らないのか…。そう思いましたが、逆にアメリカンフットボールとなると、恥ずかしながら自分はスター選手の名前も怪しいです。それでも試合には約6万人が詰めかけるのだがら、米国のパワフルさに驚かされます。

 ◇   ◇   

ベルギー代表FWアザール、クロアチア代表MFモドリッチ、フランス代表DFバラン…。目移りしそうな選手たちと、日本代表MF久保建英(18)は連日、体をぶつけ合っています。6月、仙台でのエルサルバドル戦で代表デビューしてから約1カ月半。遠い昔のことに思えます。

実際に目の前にすることで痛感するのは、18歳が持つ可能性だけではありません。むしろひしひしと、久保がプレーしている場所がいかに高い次元にあるかが伝わってきます。J1、そして代表として臨んだ南米選手権(ブラジル)でも、異彩を放つ久保のアイデア、パス、ドリブルを見てきました。そしてそれらは今、トップチームのスピードとパワーの中では突出してはいないと映ります。

バチンという音がピッチサイドまで届くほど強く蹴られる高速パスが、1人2タッチで続くこともざら。小さなスペースを見つけてパスを受けるのが得意な久保でも、めまぐるしい動きの中で少し位置を見誤れば容赦ないプレスで一瞬でボールを失います。

ただ、この事実を切り取って「ボールロストが多い」という印象にはなりません。モントリオール(カナダ)でのキャンプを含めて、トップチームに合流してまだ約2週間。仮にすでに思い通りにできていたら、それはもうFWメッシの領域。なにができて、なにができないのか。それを見極められれば、久保はまた1歩、前に進むことになるでしょう。

光るものがあることは周囲にも伝わっていると感じます。練習でブラジル代表DFマルセロを見ていると、遠い反対サイドにいる久保の動きをしっかり見て高速クロスを送っていました。少なくともマルセロは久保のことを「下部組織の子」とは見ていない。それは久保自身が、練習でDF2人をかわしてシュートを放つなど物おじしない姿を見せているからこそ。決して、通用しない領域に挑んでいるようには見えません。ジダン監督が久保に対して「スタミナ」を1つの宿題としたのは、頭と体がフル稼働できる時間を伸ばしてほしいという意図だと感じます。

 ◇   ◇   

スタジアムに入る際にはエックス線検査に加え、手荷物は大きな警察犬による“においチェック”。そうして2試合を終えました。久保はチームの初戦だった20日(現地時間)のBミュンヘン戦でデビュー。あと1歩でゴールというキラーパスも披露しました。23日のアーセナル戦は出場がなかったものの、26日のアトレチコ・マドリードとの“マドリード・ダービー”でふたたび出番をうかがいます。

今、長くクラブを取材する現地紙「マルカ」や「アス」の記者に聞くと、見方には差が出ています。「トップチームは近い」という意見から、「昇格の可能性はまだ5%」との言葉も。現場の久保への目線は、まだ定まっていません。「思っていた以上にやるじゃないか」という印象は、カナダでのキャンプが始まったときからみな同じ。違うのはその先。確実なのは、日本にいてなんとなく感じていた“いけいけムード”とは違うということです。

それも自然なこと。昨季加入したブラジル代表FWビニシウスのような、ある程度プレーの目星がつく選手とは違うのでしょう。まだ日本代表でもデビューしたばかり。Jリーグでも今季主力になったばかり。バルセロナ下部組織出身というデータは心強いですが、久保自身が「小学生とトップチームではレベルが違うので」と言い放っています。長くマドリードを見続ける者たちにも経験のなかった事態。そんな未知の域を、18歳は歩んでいます。

 ◇   ◇   

出国前、かつてRマドリードに在籍した元ブラジル代表MFジュリオ・バチスタ氏に話を聞く機会がありました。現監督のジネディーヌ・ジダンとともにプレーし、宿敵バルセロナとの敵地の「クラシコ」でゴールも決めた輝かしい経歴。同氏の言葉は重かった。

「あのジダンや(元ブラジル代表)ロベルト・カルロスが、極度のナーバスに陥っている姿を想像できるかい?」

現役時代、選手たちはたびたび「ケマ」という言葉を使ったといいます。日本語に訳すると「火あぶりのボール」。1度でも失敗すれば、批判で炎上する-。蹴るのも嫌になるような、そんな重圧を意味する言葉です。

「まだ彼にはプレッシャーは少ないだろう。モドリッチやベンゼマといった選手たちが、それを背負っているから」

Bミュンヘン戦後、久保は「ピッチ内ではプレッシャーはありません」とはっきり言いました。一方で、過熱する注目に「もっとビッグな選手になるまで、少し控えてもらえたらうれしいです」とも。すでに、注目しているのは日本だけではありません。デビュー戦後には、取材エリアで3度も呼び止められ、カメラに囲まれていました。

「とにかく周囲を気にせず、正しい道を1歩1歩進むことだ」。

ジュリオ・バチスタ氏はそう言葉を残しました。久保はその言葉を聞いたわけでもなく「周りがなんと言おうと、焦らずに、徐々に上がっていければいいと思います」。プレッシャーを大きくしてしまう側の1人としてICレコーダーを向けながら、冷静な口調に込められた芯の強さを感じました。

 ◇   ◇   

久保がデビューを果たした記念の地、ヒューストン。その名を聞くと、多くの人が宇宙を思い浮かべるのではないでしょうか。Bミュンヘン戦のあった7月20日は、ちょうど50年前に人類が初めて月面着陸に成功した日です。この日、郊外にある宇宙センターでは盛大な記念式典が行われたそうです。

アポロ11号が宇宙への壮大な夢を乗せて大気圏を突き抜けたように、久保には日本サッカーが新たな次元に突入するという未来への期待が込められます。まさに“銀河系”の1つとなって、巨星として輝く-。月面着陸と比較できるほど難しいような、そんな挑戦の道を、18歳が歩んでいます。【岡崎悠利】

◆岡崎悠利(おかざき・ゆうり) 1991年(平3)4月30日、茨城県つくば市生まれ。青学大から14年に入社。16年秋までラグビーとバレーボールを取材。16年11月からはサッカー担当で今季は主にFC東京、アンダー世代を担当。