ゼロから-。65年の人生。何度もゼロからの挑戦を強いられてきた。ユーゴ内戦で人生が狂う。「名字が違うから、民族が違うから、宗教が違うからと殺し合う姿を見た」。指導者になるつもりはなかったが、生き延びるためフランスでの監督話に光を求め故郷を後に。「フランスに渡った翌日、私を殺そうと来た人たちがいた。すべてを破壊され、盗まれ、何も残らなかった」。出発があと30分遅ければ命はなかった。その歯に衣(きぬ)着せぬ物言いもあり、周囲との摩擦も多かったが反骨心の塊、困難をエネルギーにする男。ロシアへの道がどんなに険しくてもくじけるはずがなかった。

 引き分け以下なら解任の可能性もあった瀬戸際の試合で、采配がズバズバ決まった。経験のない22歳の浅野と21歳の井手口を先発させ、2人が得点した。「私は若手を信頼して使う、それが正しいことを証明できた。日本サッカーとっても良かった」。

 浅野のゴールが“一線を越えていない”と判定され、出場確率0%を突き付けられたのが昨年9月のUAE戦だった。あの試合から数え最終予選9試合目。W杯とW杯予選で未勝利だった宿敵からの初勝利も同じ9戦目。「代表合宿でも9周走っている。いつもそうだ。ずっと9番をつけていたから(笑い)」。9はゲンがいい。

 いつも全力。ハリル100%。時々、前しか見えなくなる。晴れ舞台のはずの会見も「プライベートに大きな問題がある」とし、質問を受け付けず一方的に退席した。この出来事に象徴されるように、いつもアクセル全開でハンドルに“遊び”はない。突っ走る。それしかできないが、信じてみれば、日本サッカーの苦境が劇的に好転するかもしれない。雨が上がったこの夜も、その手腕で歓喜の夜にした。「選手は英雄のような姿を見せた。基準となる試合になった」。ロシアの本番までも、あと9カ月だ。【八反誠】