日本サッカーの「先人」たちも、FIFAワールドカップ(W杯)ドイツからの歴史的勝利に興奮し、森保監督に感謝した。

初の日本人欧州プロとしてドイツで活躍した奥寺康彦氏(70)は現地で応援。「日本サッカーの父」クラマー氏から薫陶を受けた68年メキシコシティ五輪銅メダリストの松本育夫氏(81)もスタンドから声援を送った。日本サッカーが、ドイツへの「恩返し」を喜んだ。

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前半の劣勢から逆転の歴史的勝利。先人たちは、驚きを隠せなかった。奥寺氏は「正直、勝てないと思っていたし、よくて引き分けかなと」。予想を裏切る結果に「素晴らしかった、少しも気持ちで負けていないから、頼もしいよ」と「後輩」たちを絶賛した。

奥寺氏がドイツのケルンに移籍したのは77年。「何から何まで違った。特に向こうはプロだから、精神面の差は大きかった」と話した。そんな環境の違いの中で9シーズンも活躍し、その後の日本選手のドイツ移籍につなげた。今回の代表には8人。その活躍を喜びながらも「ドイツをやっつけるなんて、本当にすごいことが起きた」と話した。

メキシコ五輪メンバーの松本氏も「本当によく勝ったね。日本代表が、ドイツに恩返しをしてくれた」と話した。日本代表時代にクラマー氏の指導を受け、その後もサッカー界の組織作りなど同氏に学んだ。森保監督が会見などで「クラマー」の名を出すことを「ありがたく思っているし、日本サッカーの歴史をつなげてくれている」と言った。

松本氏は東洋工業(現広島)出身で、森保監督の先輩にあたる。京都GM時代に選手として獲得したこともあり、今も年に数回食事をする仲。「いろいろな話を聞いてくる。それに対して反応はないけれど、しっかり自分の中で整理して自分のものにしている」と研究熱心さを絶賛した。

奥寺氏も森保監督と会話したことがある。「立ち話だったけれど、ドイツでのこととか話したね」。先人たちの話を聞き、歴史を知ることを「すごく学びになっています」と話す森保監督。だからこそ、日本サッカーの歴史を背負って「恩返し」が果たせたのだ。

奥寺氏と松本氏らは試合後、アルコールが飲めるレストランで「祝勝会」を開いた。「ビール小瓶で2000円。とんでもない値段だけど、あんなにおいしいビールはなかったね」。ドイツから多くを学び、日本サッカーの発展のために生かしてきた先人たちは、森保監督と選手たちに「ありがとう」の思いを込めて、祝杯を重ねた。