ワールドカップ(W杯)カタール大会で日本は16強で散った。ドイツ、スペインを撃破して臨んだ決勝トーナメント(T)初戦で前回大会準優勝、今大会も4強入りしたクロアチアにPK戦で敗れた。8強への挑戦は4度目でも届かず。何が足りなかったのか。1996年アトランタ五輪バレーボール女子日本代表の分析担当の1人で、スポーツ科学を専門とする京産大現代社会学部の高梨泰彦教授(61)に聞いた。【取材、構成=益子浩一編集委員】

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届きそうで届かない。

あと1歩が、こんなにも遠いのか。

1次リーグで2度の大金星を挙げ、勢いに乗っていたはずの日本は、決勝T初戦で敗れた。8強への挑戦は、今回で4度目だった。コーチング科学を専門とする京産大の高梨教授は、どう見たか。

「良くも悪くも日本的だったな、というのが印象です。今後も『日本的』にこだわって強化をしていくのか。それとも『脱日本』を念頭に置くのか。その岐路に立っているのではないでしょうか。

今回のW杯は守って、守って、カウンターという戦術でベスト16に入ったものでした。いかにも忍耐を美徳とする日本の文化そのもの。みんなで守るというのは、日本的ないい文化にも見えますけれど、日本サッカーが掲げる2050年までのW杯優勝を考えた時、それでは限界があるのかも知れません」

もちろん今大会の日本は、私たちに夢と感動を伝えてくれた。W杯優勝経験国を2度も破り、強者に勇敢に立ち向かう姿を-。

ただ、目標には届かなかった。何が足りないのか。

「ある程度の選手を育てる、ある程度の強いチームを作ることは科学的なアプローチで達成することができます。ただ、ネイマールやメッシ、クロアチアのモドリッチのような『卓越した個』は、科学的に育てることはできません。

データに基づいて100人いたら90人以上に実証できるのが科学。例えば風邪薬のように90人以上には効果があるという実証的根拠が必要です。

計算をして突出した、いい選手が育った具体例はほとんどなく、卓越した個は科学的な指導、根拠だけでは生まれないのです。特に犠牲心を美しいとする日本の文化では育ちにくいと考えられ、果たして今後、日本はどうやって勝つのかを今回の大会では突き詰められた気がします」

“日本的”という部分は、クロアチアとのPK戦にも如実に現れていた。森保監督が立候補制にすると、すぐに手を挙げる選手はいなかったという。少しの間を置いてから、南野が名乗り出た。日本は1番手の南野が止められると、連鎖反応のように蹴った4人のうち3人が失敗した。

「『失敗したらどうしよう』というものが顕著に出た例ではないでしょうか。現代の若い世代は先頭に立つことを嫌がり、目立ちたくないという傾向にあります。11人という団体だと戦えても、1対1になると萎縮する。日本の蹴ったボールに力を感じなかった。

森保監督が(PK戦を)立候補制にしたのは悪いことではありません。監督が順番を決めてもいいですが、選手が自立していくことを考えれば、立候補制はいいアイデアでもあります」

同様のことは優勝候補に挙げられながら、日本と同じ16強で敗れたスペインにも感じることができた。

10年南アフリカ大会ではポゼッションサッカーと、FWビジャ、フェルナンド・トーレス、MFイニエスタら卓越した個が融合した上での初優勝だった。ただ、今大会のスペインはどこか迫力に欠けていた。

「スペインはある意味で日本と似ていたような気がしています。きれいにパスをまわす戦術、みんなで勝つという思いが強すぎたのではないでしょうか。(決勝T初戦で)モロッコとPK戦までもつれて敗れましたが、『スペインってこんなにメンタルが弱いのだろうか?』と感じたほどでした。もしかすると今のスペインからも卓越した個は育ちにくいのかも知れません」

日本はこれまで4度、1次リーグ(L)を突破したように、そこまでは考え抜かれた戦術、戦略に基づいて、選手全員で協力し進むことが可能なのだろう。ただ、逆に見るなら4度も16強で敗れているのも事実。その先を見据えるのであれば科学と非科学の融合、すなわち科学では説明も証明もできない、卓越した存在が必要になるのではないか。

「これまで1次Lを突破したのは『卓越した個』がいる時ではなく、戦術的に形にはめてシステマチックなサッカーをした時の方が多いんですね。さらに上に進むためには『個』を育てた上で、その『個』を重視する監督を協会が連れて来る方向へかじを切るのか。注目したいです」

確かに中田英寿を擁した06年ドイツ大会、本田圭佑や香川真司の全盛期だった14年ブラジル大会は1次Lで敗退。一方で組織を重要視するトルシエ監督が率いた02年日韓大会、まだ本田が代表入りして間もなく守備的に戦った10年南アフリカ大会、西野朗監督が緊急登板した18年ロシア大会では決勝Tに進んでいる。

「中田英寿選手や本田圭佑選手のように、卓越した存在になりかけた選手、はみ出ることが可能だった選手はいました。今大会の三笘選手も、打ち破れる存在になり得る可能性を秘めていましたが、個よりも集団で戦術的に戦う方が重視されていたのではないでしょうか。

日本には“出るくいは打たれる”“和をもって貴しとなす”という言葉が根付いているように、協調性を基にかみ合う選手を集めて、かみ合わせるチーム作りをする流れがあります。しかし、クロアチア戦のような膠着(こうちゃく)状態を打破するためには、もっと抜きんでた個性というものが必要。

日本の文化を生かした方法では世界と戦うには限界があるということを、突きつけられたような気がしています。もちろん日本的な良さ、『ザ・日本人』を前面に出したチーム作りで世界一になれる可能性も前例がないだけで、ゼロではありません」

◆高梨泰彦(たかなし・やすひこ)1961年(昭36)10月2日、岐阜市生まれ。東大理学部卒、教育学部修士。慶応大、中京大で研究を続けながら日本バレーボール協会、日本オリンピック委員会でトップアスリート育成事業に従事。17年から京産大教授(専門はコーチング科学、スポーツバイオメカニクス)。