日本代表MF中村敬斗(25=スタッド・ランス)がオランダ戦に先発出場し、W杯初ゴールを挙げた。1点を先制された直後の後半12分に同点弾を決めた。
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東京Vでヘッドコーチを務める森下仁志さん(53)は15日朝、中村の活躍に胸を躍らせた。「自分の強みを存分に表現して結果につながったことがうれしい」。そう喜びを口にした。
G大阪U-23の監督を務めた19年に中村を指導した。プロ2年目、守備面の弱点を抱えていた。若手の育成に定評がある男は逆転の発想の持ち主だ。「一番得意なことをやらせると、苦手なこともできるし躍動する」。課題克服に取り組むのでなく、長所を伸ばすことに注視。それが極意だ。
「無我夢中にさせることが一番大事。勝つために無我夢中になる。そうすると本能が出てくる。才能がぶつかり合いみたいになれば、変に考えるより感じるようになる。その状態に持っていくように気づかせる。勝ちたいとか、どうしたらいいだろうとか、うまくやりたいと思っている時点でもう無我夢中じゃない」
いろんなことをやらせたくなる指導者の視点でなく、選手の持ち味に主眼を置く。「とにかく仕掛けろ、1対1でねじ伏せろ」。水を得た魚のごとく、中村はキラキラした目でサッカーに取り組んだという。
全体練習後、個人で取り組むシュート練習のボール出しを引き受け、アドバイスを送った。人一倍、練習に取り組んだ。練習場の脇にあった砂場で1人走り込む姿があった。「よく練習していた。今の子とは比べものにはならない」。J3の舞台では無双状態。守備面も飛躍的に向上した。
そして3カ月ほどでU-23を卒業し、トップチームで試合に絡むようになった。短期間の関わりだが、中村は今も森下コーチを「恩人」と慕い、今も欧州から連絡を寄こすという。
中村は茨の道を歩んだ。オランダ1部トゥウエンテ、ベルギー1部シントトロイデンと歩んだ。21年1月に連絡があった。「もうオーストリア2部のセカンドチームしかないんです」。行き場はほかになかった。それでもG大阪に戻らず、欧州で踏ん張ろうと気持ちを固めたかったのだろう。森下コーチは「そこから逃げない。選択は2択。やるか、やらないか。逃げないで厳しい方を選択して、そこで踏ん張れば選択肢は増える」と背中を押した。
21年2月、オーストリア1部LASKリンツのセカンドチームへレンタル移籍。そこで半年間“踏ん張った”結果、夏にはLASKリンツへの完全移籍をもぎ取った。さらに2シーズン“踏ん張った”先には、フランス1部スタッド・ランスへの道が開けた。いい時が成長でなく、苦しい時こそが未来への「貯金」なのだという。苦労して乗り越えたら、そこは大きくステップした証し。中村はそうやって自らの人生を切り開き、欧州で活躍したことで日本代表に選ばれ、そして主力にまで上り詰めた。
森下さんはこう期待を込めた。「これからも自分の強みを生かして、日本をより高い場所へ導いてほしい」。自らを肯定してくれ、背中を押してくれた指導者たちがいた。だからこそ夢のW杯の舞台にいる。【佐藤隆志】


