日本代表MF中村敬斗(25=スタッド・ランス)がオランダ戦に先発出場し、W杯初ゴールを挙げた。1点を先制された直後の後半12分に同点弾を決めた。
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東京Vの森下仁志ヘッドコーチはG大阪U-23監督だった19年に中村を指導している。プロ2年目、ディフェンス面の弱点を抱えてU-23チームへ下りてきた。森下コーチは言う。「一番得意なことをやらせると、苦手なこともできるし躍動する」。そこは逆転の発想だ。課題の克服に取り組むのでなく、長所を伸ばすことにフォーカスした。
「無我夢中にさせることが一番大事。勝つために無我夢中になる。そうすると本能が出てくる。才能がぶつかり合いみたいになれば、変に考えるより感じるみたいになってくる。その状態に持っていくように、気づかせる。勝ちたいとか、どうしたらいいだろうとか、うまくやりたいと思っている時点でもう無我夢中じゃない。それをゾーンというのか分からないですけど」
いろんなことをやらせようとして指導者に囚われるのでなく、選手の良さにこだわらせる。「とにかく仕掛けろ、1対1でねじ伏せろ」。水を得た魚のごとく、中村はキラキラしてサッカーに取り組んだという。
全体練習後、個人で取り組むシュート練習のボール出しを引き受け、アドバイスを送った。人一倍、練習に取り組んだ。練習場の脇にあった砂場で1人走り込む姿があった。「よく練習していた。今の子とは比べものにはならない」と舌を巻く。J3の舞台では無双状態。守備面も飛躍的に向上した。そして3カ月ほどでU-23を卒業し、トップチームで試合に絡むようになった。短期間の関わりだったが、中村は今も森下コーチを「恩人」と慕い、今も欧州から連絡を寄こすのだという。
茨の道を歩んだ。オランダ1部トゥウェンテ、ベルギー1部シントトロイデンと歩んだ。21年1月、中村から連絡があった。「もうオーストリア2部のセカンドチームしかないんです」。行き場はほかになかった。それでもG大阪に戻らず、欧州で踏ん張ろうと気持ちを固めたかったのだろう。森下コーチは「そこから逃げない。選択は2択、やるか、やらないか。逃げないで厳しい方を選択して、そこで踏ん張れば選択肢は増えていく」と言って背中を押した。
2021年2月、オーストリア1部LASKリンツのセカンドチームへレンタル移籍。そこで半年間“踏ん張った”結果、夏にはLASKリンツへの完全移籍をもぎ取った。さらに2シーズン“踏ん張った”先には、フランス1部スタッド・ランスへの道が開けた。
いい時が成長でなく、苦しい時こそが未来への「貯金」なのだという。苦労して乗り越えたら、そこは大きくステップした証し。中村はそうやって自らの人生を切り拓き、欧州で活躍したことで日本代表に選ばれ、そしてレギュラーにまで上り詰めた。
自らを肯定してくれ、背中を押してくれた指導者たちがいた。そういう積み重ねがあり、夢のW杯を戦っている。【佐藤隆志】


