フィギュアスケートフィギュア

八木沼純子
◆八木沼純子(やぎぬま・じゅんこ)1973年(昭和48年)4月1日、東京都生まれ。5歳からスケート教室に入り、88年に世界ジュニア選手権2位。五輪は88年カルガリー大会に出場、女子シングル14位。95年にアマチュアを引退し、プロに転向した。早大卒。
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真央、無心で最高のアクセル

<ソチ五輪:フィギュアスケート>◇20日◇女子フリー

 浅田選手は、素晴らしいのひと言です。最初から最後まで無心で、演技をすることだけに集中していたように見えました。SPであれだけ大きな失敗をすると、普通、気持ちの切り替えが難しい。しかし、それができてしまうのが、浅田選手のすごさです。

 フリーの日の朝の練習に、珍しく開始時間より2、3分遅れて、リンクに上がりました。練習も、あまり集中し切れていない感じでした。しかし、直前の6分間練習では、見違えるような浅田選手がいました。いつもは時間をかけて、ジャンプの練習に入ります。しかし、この時は、最初からジャンプを跳び、すごい勢いで最後の調整を行っていました。

 朝の練習から本番の間に、佐藤信夫コーチと、話をしたようです。私も、失敗をし、1人で気持ちの整理がつかない時に、コーチや母のひと言で、これで終わることができないと立ち直ったことが何度もあります。佐藤コーチの叱咤(しった)激励が、浅田選手の目を覚ましたのでしょう。

 最初の3回転半(トリプルアクセル)は、最高の出来でした。SPで失敗の原因になった助走のスピードやカーブの入り方ともに十分で、跳ぶ瞬間に、間違いなく成功すると確信したほどきれいな3回転半でした。浅田選手のフリーは、技術面で、他の選手が7つのところを、1つ多い8つの3回転ジャンプを入れる難しいものです。3回転半を成功させても気は抜けず、常にジャンプに意識を集中させていなくてはなりません。回転不足はありましたが、それを、五輪の大舞台でやり切ったのですから、見事と言うしかありません。

 今回の五輪は初めて団体戦を行いました。ペアやアイスダンスの種目に関心を持ってもらい、さらなる強化のためにも、日本にとって良い経験だったと思います。ただ、団体戦から個人戦への調整の難しさは、これから選手が克服していかなくてはならない部分でもあります。約10日間とはいえ、間が空く期間も緊張を維持するのは大変です。日程的なことも考慮しながら、今後も団体戦と個人戦の兼ね合いは鍵を握るのかもしれません。(カルガリー五輪代表)

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