陸上長距離界で男女マラソンの世界記録更新など好タイムが続出した米スポーツ用品大手ナイキの「厚底シューズ」を世界陸連が規制するかどうか-。

その問題が起こった背景には、長距離用シューズは規制のラインが具体性を欠いていたことがある。競技規則に「付加的助力を与えるものであってはならない」とはある。だが、それは裏を返せば、靴底の長さ、反発の数値などは明記されていないということ。走り高跳び、走り幅跳びなど跳躍種目の靴、やり投げのやりなどの道具は明確な制限が存在するが、長距離の靴はあいまい。少し強引に言えば“ルールの盲点”だった。

過去の偉大な記録も、時を経て、塗り替えられていく。ウサイン・ボルト氏の100メートル世界記録9秒58だって、他競技で見れば、福本豊氏の1065盗塁だって、今は想像付かなくても、いつかは抜かれていくだろう。そこには身体能力、技術の向上だけでなく、道具の進化も関わってくる。顕著な例で言えば、棒高跳びのポールは昔は木製だった。それが竹製、金属製を経て、今はグラスファイバーだ。それに伴って記録も向上していった。

一連の問題で感じるのは、たたえられるのは常に選手であるべきで、道具に過度なスポットライトが当たるべきでない。ボルト氏、福本氏のスパイクへのケチは聞いたことはない。逆に言えば、その「一線を越えた」時、規制の議論はされるべきに思う。血のにじむような選手の努力を、「道具のおかげ」と世間が素直に認められなくなるのは不幸だから。「世界記録」「日本記録」「大会記録」など金字塔は、塗り替えられていくべきであると同時に、尊いものでもある。憧れのレジェンドの記録が、短期間にやすやすと塗り替えられるようでは競技の魅力、本質を失っていく危険をはらむ。その意味では、線を引くかの議論のタイミングは、今だったのかもしれない。

7区間で区間新記録が誕生した箱根駅伝で約84%の選手がナイキのシューズを履いていた現状をライバル社の関係者は言っていた。「メーカーの立場からすれば、あれだけのシェア率は聞いたことがない。あっぱれですよ」。嫌みのない口調が性能の高さを物語った。

見過ごしてはならないのは、なにもナイキの「厚底シューズ」を履いた選手だけが好記録を出しているのではないということ。1月の大阪国際女子マラソンで日本歴代6位の2時間21分47秒で優勝した松田が履いていたのはニューバランス。箱根駅伝10区区間新を出した嶋津の足元はミズノの未発表シューズだった。ナイキの技術革新はメーカー、選手の競争を促し、ナイキ以外を履く選手の記録の向上にもつながった。人間の限界を引き上げた-。これが「厚底」の最大の功績に思う。【陸上担当・上田悠太】