愛する娘は、腕の中で泣いていた。

場内に表示された速報値12秒97。その数字が12秒96に変わって確定すると、寺田明日香(31=ジャパンクリエイト)が絶叫した。自らの日本記録を0秒01更新。長女の果緒ちゃん(6)を呼び寄せると、記録表示板の前で写真に納まった。

「そういう時間をいただいてっていうか、無理やり作ってしまって…。私が勝って、タイムを出して、彼女が(会場に)いる時に(2人での写真撮影を)やってあげたいと思っていました。本人はうれしくて、泣いていた。それをかなえてあげられて良かったです」

大会へ出発前、娘から受け取った手紙には「だいすきだよ。がんばってね」とあった。手紙は財布にしまい「1番がいいよ~」という言葉に背中を押された。

前回、日本記録を樹立したのは2年前の9月。富士北麓ワールドトライアル(山梨)での記念写真は1人だった。果緒ちゃんには「ずるい」と言われた。19年世界選手権(ドーハ)で子どもとウイニングランをする海外選手を目にし、親子で喜びを分かち合うことが、モチベーションになった。

13年に陸上から離れ、14年8月に生まれたのが果緒ちゃん。16年には7人制ラグビーにも取り組み、18年に陸上へ復帰した。

東京五輪の参加標準記録は12秒84。この日のレースは追い風1・6メートルの好条件もあった一方、ハードルを越える動作は「まだ粗い。今日に関しては(体を)ぶつけてバランスを崩した」と標準記録に向けた伸びしろを実感している。

31歳となっても昨日の自分を超えていく。娘の涙は二重の喜びをもたらせた。

「『何で泣いているのかな?』って思って『うれしい』って言っている時に(自分も)うるってなりました。母親にとっては、大きい彼女の成長でした」

悔し涙ではなく、うれし涙-。目にした光景が、明日の力になる。【松本航】