陸上世界選手権の注目選手を紹介する連載の第2回は、男子100メートルの坂井隆一郎(24=大阪ガス)。日本選手権で2位、布勢スプリントでは日本歴代7位タイの10秒02をマークして代表の座をつかんだ。小柄ながら回転の速いピッチ走法が武器。3大会連続のメダル獲得が期待される400メートルリレーでは、得意のスタートで1走を務める見通しだ。

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坂井のウオーミングアップを初めて見た大阪ガスの小坂田淳監督は、目を丸くした。「僕も長いこと陸上界に携わっているけど、ああいう練習は見たことない」。時間は約10分間。激しい腿上げなどを組み込んだドリルで「腸腰筋」を鍛える。「大学2回生から取り組んできた。もともとスタートが得意だったけど、さらに磨きをかけたかった」と坂井は言う。

171センチ、64キロ。世界の強豪選手と並ぶと、一層小さく見えるだろう。他選手に比べて短いストライドは、高回転のピッチ走法で補った。「回数を100回とやると、後半になるにつれて足が上がらなくなってくる。毎日地道なドリルをやっていて、自然と足が上がるようになった」。日本人5人目の9秒台を目指す新星は、柔らかな笑顔で胸を張った。

ケガに悩まされ、日の目を浴びる機会に恵まれなかった。関大を卒業し、コロナ禍に直面した20年春の入社。新社会人の春先は実業団の練習が中断した。大阪府内の自宅近くの道路。硬いアスファルト上で練習に没頭し、ペースが分からずかかとを負傷。本格復帰は同年の秋口に遅れた。昨年は日本選手権直前に右太ももを肉離れ。東京五輪の夢はかなわなかった。

それでも腐らなかった。「海外を見据えると筋肉アップが必要」と冬季で体重は3キロアップ。上半身の筋力増加により、課題だった後半の減速が収まったことを走りの中で実感した。布勢スプリントでは日本歴代7位タイの10秒02をマークし、世界選手権の参加標準記録(10秒05)を突破。所属する大阪ガスで副部長を務める大先輩、朝原宣治氏に並んだ。

朝原氏からは「次は9秒台を目指さなアカンな」と、激励の言葉をもらっている。日本における男子短距離界の勢力図を変えつつある男が、初のシニアでの世界大会で旋風を巻き起こせるか。【佐藤礼征】

◆坂井隆一郎(さかい・りゅういちろう)1998年3月14日、大阪府豊中市生まれ。中1で陸上競技を始めて大阪高、関大に進学。4年時には10秒12をマークした。20年4月に大阪ガスに入社。日本選手権では予選で10秒24、準決勝で10秒15、決勝で10秒10を記録した。171センチ、64キロ。