<世界陸上>◇28日◇男子100メートル決勝◇韓国・大邱スタジアム

 男子100メートル決勝で大波乱が起きた。9秒58の世界記録を持つウサイン・ボルト(25=ジャマイカ)が痛恨のフライングで失格した。予選、準決勝と、後半を流して走る異次元の強さで勝ち上がり、世界記録更新の期待を一身に背負って臨んだ決勝で、昨季から適用されたフライング一発失格ルールに泣いた。今大会はライバルのゲイ(米国)、パウエル(ジャマイカ)が故障で欠場。2大会連続の金メダルが確実視されていた。ボルトの練習パートナーのヨハン・ブレーク(21=ジャマイカ)が9秒92で優勝した。

 衝撃の結果だった。ボルトはいつもの決めポーズでスタートラインに立った。勝負への機運は高まり、会場のボルテージも最高潮に膨らんだ。一瞬の静寂。そして、ピストルが打ち鳴らされるより一瞬早く、ボルトが飛び出した。10メートル走ったところでユニホームをトラックに脱ぎ捨て、失意の表情で天を見上げた。口をゆがめ、叫んだ。ミスを犯した自分への憤りか。後方の壁に頭をぶつけ、控室に通じるカーテンに頭をこすりつけた。ショックの大きさは誰の目にも明らかだ。リアクションタイムは「マイナス0・104秒」。これが決勝で、ボルトに残された唯一の記録だった。

 陸上競技の華と呼ばれる男子100メートル。その決勝を走ることなく、ボルトは終わった。会場から立ち去る際に「今は何も言えねぇ。時間が必要だ」。連覇のかかる200メートル(予選=来月2日)への影響が懸念されるが「俺がどうするかって?

 金曜日の夜にみんなに会うことになると思う」と出場を明言した。練習パートナーを務める優勝者ブレークは「トレーニングの時からいつも(フライングには)気をつけようと話していた。それが現実になるなんて。一緒に走りたかったので、悲しくて残念だ」。

 今大会はライバルのゲイが臀部(でんぶ)の故障で欠場し、同僚のパウエルも直前の故障で参加を見送った。勝負への興味は薄れる中、注目を一身に浴びた。今季は故障明けでベスト記録は9秒88止まり。それでも求められるのは記録だった。ボルトもレース前に「前半がうまくいけば後半はスピードに乗れる。スタートを成功させたい」と話した。そんな重圧がフライングとなって出てしまった。

 フライングは従来の「2回目に犯した選手が失格」というルールから、昨季から一発失格へ変更されていた。十分注意していたはずのスタート。世界最速の男は、一瞬のミスに泣いた。【佐藤隆志】

 ◆陸上のフライング

 国際陸連(IAAF)のルール改正によって、昨年1月から不正スタート(フライング)は1回目で失格となった。世界選手権では、今大会からの採用。02年までは同じ選手が2回行った場合のみ失格だったが、03年からは当該レースで2回目のフライングをした選手が失格となっていた。フライング判定装置はスターティングブロックと連動し、圧力センサーによって選手の動きをチェック。スタートのピストル音の後、人間の最短反応時間とされる0・1秒未満で足が動くとフライングと判定される。

 ◆国際大会の男子100メートルでの主な失格

 96年アトランタ五輪決勝で、92年バルセロナ五輪金メダルのクリスティ(英国)が2度のフライングで失格となった。当時は当該者自身が2度、フライングをしない限り、失格にはならなかった。03年、当該レースで2度目のフライングを犯した選手が自動的に失格となる規定改正が行われた。同年の世界選手権(パリ)2次予選では、ドラモンド(米国)がフライングで失格した。