第95回日本選手権が4月2日から8日まで、東京辰巳国際水泳場で行われた。韓国・光州で行われる7月の世界選手権と、ユニバーシアードの選考会を兼ねた大会だ。

私自身も現役時代、この会場には「戦いに行く」という闘志を持って向かったことを思い出す。いわゆるスイマーの聖地だ。ジュニアオリンピックも行われていて、小さいときからここで泳ぐのが夢、目標だった。来年のオリンピック会場は、すぐそばに建設中のアクアティクスセンター。新旧の「聖地」での、これまでの戦い、これからの戦いのことを思うと、なんだか感慨深い。


男子200メートル背泳ぎ決勝後、笑顔の入江(手前)と砂間(撮影・滝沢徹郎)
男子200メートル背泳ぎ決勝後、笑顔の入江(手前)と砂間(撮影・滝沢徹郎)

そんな平成最後の日本選手権の結果はどんなものだったか。大会後に平井伯昌ヘッドコーチが言ったように、「世界レベルの選手はいるが、その次の選手がおらず層が薄い」と懸念される結果となった。

私自身も大会序盤はすごく心配だった。

競泳は基本的に、選考会のレースで2位までに入り、日本水泳連盟が定める派遣標準記録を突破すれば世界大会にいける。だから、そのたった2枚の切符を目指してライバルと切磋琢磨する。

5日目までは、4人しか派遣標準記録を切っていなかった。「オリンピック前年度はこんなものだったかな」と心の中で感じていた。来年、東京オリンピック・パラリンピックがあることはもちろん選手も意識しているだろう。

オリンピック前年度といえば、ライバルの飛躍を予想して予選からいい記録を出して、準決勝では決勝のレースを想定して、決勝はどこまで日本記録を更新できるか、みたいな感じだったかなと振り返ったりもしていた。

結果は、個人種目10人、リレー7人の計17人のスイマーが日本代表に選ばれた。空気が変わったなと思ったレースは、6日目の男子200メートル背泳ぎ。12度目の優勝を果たした入江陵介選手、2位の砂間敬太選手が2人で派遣標準記録を切ったときだった。

しっかり2枚の切符を埋めることができ、とても安心した。砂間選手は個人メドレーを棄権し、背泳ぎに集中した成果が出たというところ。本人も自信になったに違いない。

派遣標準記録は、とても厳しく設定されている。世界で戦うという前提があるからだ。ただし、だれが見ても代表入りしたかどうかが分かる。だから選ばれた選手は日本代表の誇りを持てる。「この厳しい選考を戦い抜いた仲間」というチームワークが生まれる。


男子200メートル自由形で連覇した松元克央
男子200メートル自由形で連覇した松元克央

男子200メートル背泳ぎ以外で私が注目した代表は、松元克央選手だ。男子200メートル自由形を1分45秒63で制した。自由形で派遣標準記録を切ることは、すごく大変なことだ。指導するのは鈴木陽二コーチ。私が現役時代、12年指導を受けたコーチ。松元選手は100メートル自由形でも3位に入り、リレーの代表にもなった。そんな選手の活躍のことを考えていたら、鈴木先生が言っていた言葉をふと思い出した。

「ユニクロの社長が言っていたぞ。日本で1番になったら、世界で勝負するのは当たり前だと」

鈴木コーチは、いつも世界を見据えていた。

そんな世界を見据えたレースがもう1つ。

試合前日のアップから自身が持つ「世界記録を切りたい!」と公言していた渡辺一平選手だ。男子200メートル平泳ぎ決勝は、準決勝の泳ぎとは打って変わり、2分7秒02の好タイムで優勝した。もちろん世界選手権の派遣標準記録を突破して、代表権を得た。世界記録を狙って、前半から飛ばしたレース。世界を意識した、いい内容だった。


男子200メートル平泳ぎ決勝で泳ぐ渡辺一平(撮影・滝沢徹郎)
男子200メートル平泳ぎ決勝で泳ぐ渡辺一平(撮影・滝沢徹郎)

2位に入った小日向一輝選手も素晴らしいレースだった。同じ所属の松元選手から、大きな刺激をもらっていた。また、男子50メートル自由形準決勝で塩浦慎理選手が0.2秒も日本記録を更新した。決勝ではタイムを落としてしまったが、こういうレースが他の選手のやる気に火を灯すのだ。50メートルの0.2秒は本当に大きい。最後まで伸びのあるストローク。素晴らしかった。


男子200メートル平泳ぎで2位に入った小日向一輝(奥)は渡辺と握手を交わす(撮影・滝沢徹郎)
男子200メートル平泳ぎで2位に入った小日向一輝(奥)は渡辺と握手を交わす(撮影・滝沢徹郎)

本当の緊張感を持ったレースは、年に2回しかない。日本選手権と世界大会だ。貴重な日本選手権。無駄にはできない。

「世界と戦うのは当たり前」

鈴木コーチの言葉が、頭に浮かんだ大会だった。

また私が挫折をしたとき、2009年に亡くなった古橋広之進先生にいただいた言葉。

「なんのために泳ぐのか、哲学を持って泳げ」

19歳の時だったが、今も心に残る言葉だ。

現役時代にかけてもらう言葉、経験すべてが未来へつながる。

今この時を楽しんで、思いっきり自分の競技人生を全うして欲しいと心から思った大会だった。がんばれ!トビウオジャパン!

(伊藤華英=北京、ロンドン五輪競泳代表)