サムライブルーのユニホームがスペインを倒した。5人制サッカー(ブラインドサッカー)5位決定戦。五輪準決勝でスペインに敗れた悔しさが、少しだけ晴れた。右CKをファーポスト際に走り込んでダイレクトで蹴り込んだ黒田のゴールは、素晴らしかった。ただ、メダルを期待していたし、可能性もあったと思うだけに残念でもある。

ブラサカほど恵まれている日本代表はないのではと思う。とにかく、スタッフが多い。視覚に障がいがあるから当然だが、代表練習ではスタッフの多さに驚かされる。日本ブラインドサッカー協会(JBFA)のHPによれば、代表候補選手14人に対してスタッフは22人。今年6月には丸井グループによって都内に専用コートも作られた。

驚くのは、JBFAのスポンサーの多さだ。アクサ生命、SMBC日興証券、味の素、全日空…、と一流企業の名が並ぶ。さらに、新型コロナ禍にもかかわらず、昨年は参天製薬と10年という異例の長期契約。協会の「営業力」は抜群だ。

東京パラリンピックで行われているのは全22競技。それぞれに統括する競技団体があるが、組織としては脆弱(ぜいじゃく)なところが多い。年間予算は7割以上が1億円以下。ブラサカはおよそ4億円で、トライアスロンなど五輪とパラを同時に統括する団体を除けば屈指の規模になる。

早くから「営業努力」をしてきた成果だろう。JBFAが誕生したのは2002年。08年には「ビジョン」が策定された。「視覚障がい者と健常者が当たり前に混ざり合う社会を実現すること」を掲げ、学校でのブラサカ体験授業や企業研修などを行った。それが「営業」へとつながった。

JBFAの松崎英吾専務理事は「最初は、競技団体は強化だけしていればいいと言われた」と振り返る。今でこそパラスポーツを通じた授業や研修は一般的だが、当時は障がい者スポーツが社会活動に関わることさえ消極的だった。それでも、地道な活動で今や延べ13万人の小中学生が授業を受けている。「ブラサカ」の知名度も高くなった。

日本財団が15年に「パラサポートセンター」を設立したのは、財政や運営面で弱い競技団体を支援するためだった。期限は東京大会終了まで、それまでに「各団体は自立を」としていたが、新型コロナ禍もあって各団体の運営は厳しさを増すばかり。だからこそ、JBFAの堅実さは目立つ。

JBFAなどが所属する日本障がい者サッカー連盟の北沢豪会長は、この日のスペイン戦を視察して「障がい者スポーツ競技団体も自立をしないと。ブラサカは、いいモデルになる」と話した。「代表強化はするけれど、勝ち負けは分からない。代表の成績に関係なく、安定した競技団体の運営をしないといけない」と松崎専務理事。メダルは逃したけれど、ブラサカの未来は明るい。【荻島弘一】