フィギュアスケートの五輪シーズンを締めくくる世界選手権(ミラノ)が、25日のエキシビションで幕を下ろした。多くの選手がコンディションをピークに合わせた平昌五輪から1カ月。凡人には想像することしかできないが、世界選手権への調整は相当難しいものだったように感じる。

 その中で男子は宇野昌磨(20=トヨタ自動車)が銀メダル。女子も樋口新葉(17=東京・日本橋女学館高)が銀、今日26日に20歳の誕生日を迎える宮原知子(関大)が銅メダルを獲得した。長年にわたる練習の繰り返しで備えた地力が、世界トップクラスだと結果で証明した。

 本人にとっては満足できないフリーの演技だったようだが、世界選手権を見ながら、ふと、宮原に以前聞いた話を思い出した。左股関節の疲労骨折などで、実戦から離れていた昨年10月上旬。話題は「こだわり」についてだった。

■譲らなかった構成変更

 「忘れることはすぐに忘れますし、ずっと心に留まっているものは、心に留まっています」

 そんな宮原の言葉を聞き、私は「心に留まっているもの」の具体例を尋ねてみた。

 「先生からこういう風に言われたから、練習ではこれに気をつけよう、とか、そういう『心に留めておかないといけないな』って自分が強く思ったものは、よく思い続けています」

 その一例が故障前、昨季のショートプログラム(SP)で取り組んだオペラ「ラ・ボエーム」のワルツだった。振り付け時にルッツ-トーループの連続3回転ジャンプを、基礎点が1・1倍となる演技後半に入れることを決めていた。だが、シーズン序盤は、そこでの失敗が演技全体の足を引っ張ることが多かった。

 「もう変えたら?(演技の)前半にしよう?」

 小学校低学年の頃から指導を受ける浜田美栄コーチには練習中、厳しい声で何度もそう諭された。だが、宮原にも信念があった。

 「最初にプログラムを作ったときに『この構成で』って決めたのは変えたくなくて、そこはこだわりたかったんです。『試合で絶対に決めたい』と思って、そこは譲らなかったですね」

 照れ笑いを浮かべながら、その時の様子を詳しく教えてくれた。

 「言葉では先生に言わなかったんですが、練習する中で『(前半に)変えたら?』みたいな感じになっても、態度で示すっていうか…。言葉ではなかなか言えなかったんですけれど、ひたすらそこを練習して『試合でできるようにしたい!』っていうのをアピールしていました」

 その「こだわり」こそが、宮原が世界トップクラスに上り詰めた一因と想像した。一方で、スケート靴を脱いだ日常は、それと正反対というから興味深い。

■買い物での優柔不断ぶり

 日本スケート連盟のサイトに掲載されているプロフィルの「趣味」には、「料理」や「読書」と並んで「本気のウィンドウショッピング」という文字がある。昨年11月、カナダで振り付けの手直しをした際に浜田コーチ、出水トレーナーと向かったショッピングモールではこんなことがあった。

 本格的な冬の到来に備え、その日のお目当てはダウンジャケット。気に入ったのは青とドットカラーの2点だった。それぞれは別の店にあり、試着してはもう1つの店で試着…と悩む時間が始まった。

 「こっちもいいな」「あっちもいいな」

 そう考えながら何往復もしていると、あっという間に2時間が経過。その様子を見つめる出水トレーナーからは「本当、ウインドーショッピングしかしないよね。知子ちゃん、店員さんからしたら迷惑な人だね」と強烈な“ツッコミ”が入った。最終的には同トレーナーの「よし、そんだけ着たから買おう」という言葉がダメ押しとなり、めでたくお買い上げとなった。

 スイーツが大好きだが、コンビニでアイスクリームを見つけても「これ、おいしそうだな」と思いながら「また今度」とまずは我慢するのが基本。スケートで多忙なため、再び店に足を運ぶと販売期間終了で、買えなかったことも1度や2度ではないという。そんな優柔不断ぶりと、競技時の「こだわり」。そんなギャップも宮原の魅力だと、強く感じた五輪シーズンだった。

 ピョンチャンオリンピック(平昌五輪)での4位入賞を経て、22年北京五輪への目標は現実的になった。3月、世界選手権前には在籍する関西大でこう言い切った。

 「『やっぱりメダルは取らないといけないな』って肌で感じました。一番いい色を自分がゲットできるように、これからやるべきことはまだまだある。『4年後』って(言葉では)簡単に言えるんですけれど、どうなるか分からないので、頑張りたいと思います」

 これまでの取材時には、あまり聞いたことのなかった「金メダル」への欲。大人の仲間入りを果たした宮原の次の4年間もまた、楽しみになった。【松本航】


 ◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。兵庫・武庫荘総合高、大体大とラグビー部に所属。13年10月に大阪本社へ入社し、プロ野球阪神担当。15年11月から西日本の五輪競技を担当し、フィギュアスケートやラグビーなどを中心に取材。

エキシビションで演技する宮原知子(撮影・PNP)
エキシビションで演技する宮原知子(撮影・PNP)