町田樹さん(32)はその日、千葉県船橋市の倉庫街にいた。

本人からの誘いを受けて、企画・構成・出演するスポーツ教養番組『町田樹のスポーツアカデミア』(J SPORTS)の収録に同行させてもらった。訪問先は秩父宮記念スポーツ博物館・図書館。その行動力、実行力にあらためて感銘を受けた。

フィギュアスケートのトップ選手から研究者の道へ進み、現在は国学院大で助教を務める。近年は精力的に著作も出版。20年6月発刊の「アーティスティックスポーツ研究序説--フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論」では、スポーツとアートが混じり合う「芸術的スポーツ」について、その振興を企図した学際研究を行っている。そこに「アーカイブが拓くアーティスティックスポーツの未来」という論考が収められており、スポーツにおけるアーカイブの歴史、意義、課題について精緻な記述が広がる。

今回の「秩父宮スポーツ博物館・図書館」は、机上の研究ではなく、実際に現場に足を運ぶ町田さんらしい試みで、それを1つの番組として成立させていく姿は鮮烈だった。

「2020東京大会(五輪)という一大イベントの前後、14年から33年まで、日本のスポーツ界の非常に重要なスポーツアーカイブが機能不全に陥っている事実を知って欲しい」。

カメラの前に立ちながら、そう訴える。

もともと、同館は59年から旧国立競技場に設置されていた。日本スポーツ界の資料が十全に保管された機関で、常設展などで貴重な品々を展示し、継承する役割も担ってきた。しかし、東京五輪による国立競技場の建て替えに際し、立ち退きを余儀なくされ、33年に完成予定の新秩父宮ラグビー場に併設されることになっている。その間、約20年間も資料は倉庫に保管され、日の目を見る機会は基本的にはない。その状況を危ぶむ。

町田さんは番組プロデューサーと積極的に意見を交わしながら、職員の方との応答を重ねていく。4時間ほどの収録で、36年ベルリン大会の体操競技のあん馬、64年東京大会で使用された実物のバレーボール球や公式ポスター、2020東京大会のボルダリングのホールド部分などの実物も紹介しながら、視聴者に、実情を丁寧に伝える。

ただの演者ではない。企画立案し、問題を広く知らしめていく姿は、実にたくましかった。競技者として氷上で戦っていた時から、世界観の構築には人並みならぬこだわりがあった。受け身ではなく、作品を作り上げることに際立つ才覚があり、印象深い滑りを数々、披露してきた。舞台は変わっても、その延長線上で「表現」を続けていた。

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記者個人としてもいま、国内競技団体の映像資料の扱いについて、問題点を感じている。放送局に権利を任せ、未来へ残せる財産を管理できてない国内団体が主だ。スポーツに限らず、先陣の遺産がなければ、現在の評価もできない。記録だけではなく、映像には学びも多く、若年層への貢献も大きい。ネット上などに許可されてない形での、匿名による投稿はあるが、体系化してはたどれない。アーカイブの価値について、現状は厳しいと考えている。

町田さんも今後の大きな課題として、番組内で映像、音声資料の欠如を説明していた。権利関係の複雑さから、収拾が非常に難しいのが現状で、だからこそ逆に「博物館」の役割も、まだ十分の残っていると感じさせた。

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7月21日、うれしい一報も入った。

「町田樹のスポーツアカデミア【特別編】~アーティストとアスリートの身体・精神論~音楽家 反田恭平」が第12回衛星放送協会オリジナル番組アワードを受賞した。BS、CSで放送された番組から、優れた番組、企画を表彰される中、「文化・教養」で2年連続の最優秀賞受賞となった。

問題を掘り起こし、提起し、その“表現力”によって発信していく。そんな独自性は氷の上だけでなく、アカデミックな領域においても、大きな評価を得ている。今後の「作品」も楽しみに待ちたい。【阿部健吾】

36年ベルリン五輪の体操で使用されたあん馬と町田さん
36年ベルリン五輪の体操で使用されたあん馬と町田さん
64年と21年大会の東京五輪のバレーボール公式球を比べる町田さん(左)
64年と21年大会の東京五輪のバレーボール公式球を比べる町田さん(左)
東京五輪で使用されたボルダリングのホールドを見つめる町田さん(右)
東京五輪で使用されたボルダリングのホールドを見つめる町田さん(右)