今季限りでの引退を発表し、12月2日のJ3最終節が現役ラストマッチのFC岐阜の元日本代表MF柏木陽介(35)。18年のプロ生活に区切りをつける。

2010年から11年間在籍した浦和レッズ時代は「浦和の太陽」と親しまれ、J1のカテゴリーではサンフレッチェ広島時代も含め、15年間でリーグ戦通算392試合に出場し56得点を積み重ね、司令塔として強豪クラブをけん引した。

日本代表選出歴もあるが、2021年2月、沖縄キャンプでの規律違反行為のため浦和退団を余儀なくされ、翌3月にJ3岐阜へ加入した。岐阜で3年間で60試合以上に出場。中盤の舵取り役としてはもちろん、若手の兄貴分としても躍動。サポーターからは、メッセージ入りのフラッグに「岐阜の太陽」と書かれるほど、信頼を集めた。

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柏木のキャリア最終年に岐阜へ完全移籍したひと回りほど年下のGK茂木秀(24)は、「陽介さんは、岐阜の太陽」と慕う。

クラブの自己紹介ページに、<仲のいい選手:柏木陽介>と挙げる。「誰が見てもチームの顔で、みんなの中心にいてくれる選手。その選手がいなくなるのは、悲しいし、みんなも寂しい気持ちでいっぱいです」と語る。

判断力と手足の長さを生かしたハイボールへの対応などが自慢の茂木は、神奈川・桐光学園高を卒業後、17年にセレッソ大阪入りし、6年間在籍した。

次世代を担う逸材と期待され、C大阪のU-23チームでJ3では17~20年の4年間で43試合に出場した。21年から2年間、期限付き移籍で町田ゼルビア、水戸ホーリーホック、FC今治の3クラブを渡り歩いた。

22年5月に加入した今治では、20試合に出場しレギュラーの座をつかんだが、C大阪退団とともに今治へのレンタル移籍期間も区切りとなり、23年に岐阜へ完全移籍した。

岐阜へ加入間もないころ、柏木の人柄に驚いたという。「最初から壁をあんまり感じなくて、誰に対しても、フラットな目線でしゃべってくれました。陽介さんのような知名度がある人は、わざわざ自分からしゃべる必要はないはずです。サッカー界を代表する選手がそのスタンスでいたのは、僕自身初めてだった」。

いつしか茂木は、毎週のように柏木に食事に連れていってもらうようになった。オフにはゴルフやサウナなどの時間を共にした。兄貴分と現状を語らい、チームが勝つための組織づくりに心を燃やす時間は有意義だった。「このチームは比較的、サッカーの話をする選手が多い。陽介さんや、ウガさん(宇賀神友弥)、(田中)順也さんだったり、チームに対して、『どうしたら良くなるか』『もっとチームの仲を深めるためには、どうしたらいいのか』と。このチームに来て、そこがすごくいいと感じました」。

茂木は、加入間もないアピールの場、23年2月の宮崎キャンプで度重なるコンディション不良でスタートから出遅れた。

「『このチームの試合に出る』って意気込んで岐阜に来たのに、試合に絡めなかった(=出場できなかった)」。次第に気持ちが沈んでいった。その姿を柏木は見逃さなかった。

「陽介さんが『しっかりやらなかったら、そういうところは、ほかの選手が見ているから。もう1回チームのためにできることをまずやって。そしたら必ず試合に出られるようになる。1個1個しっかり取り組め』と」。

しばらくは、「試合に出るまではご飯を誘わないからと、陽介さんが突き放してくれた。サッカーも私生活でも『お前ちゃんとしろ』ってきつい言葉を言ってくれる人は、もうなかなかいないので。サッカー選手としての土台を作ってくれたのは、陽介さんですね」と振り返る。

プロのキャリアは7年目。「僕自身もう一度頑張ろう、と。そこでスイッチが入りました」。GKという1つしかないポジションをつかみ取るため、自分を見つめ直すようあえて柏木は、緊張感を与えたのだろう。

茂木は今季、4月16日のFC大阪戦でスタメンで出場すると、そこからリーグ戦では昨季を上回るキャリアハイの28試合に出場してきた。チームの失点数はリーグ屈指の少なさ、30点台を誇り、シーズンを通して安定感をもたらした。

「この1年間、試合に絡めたのは少なからず陽介さんのおかげでもあります。みんな、『陽介さんほどいい人はいない。こんなに優しくて、人思いの人はいない』って、みんな言うので。陽介さんの周りには、いい人が集まりますし、陽介さんと出会えたことによっていろんな、人生経験ができて、そこが一番良かった」。

柏木がどこに行くにも「ついていきます」と行動をともにし、歩んだ1年だった。シーズンを通して念願のレギュラーの座をつかみ、茂木の心の中も、大きく変化した。

「僕もチームに対する関わり方や、誰に対してもフラットな目で見て、声かけができる選手になっていけたら。今のFC岐阜にとって、選手が一番いい形でやりやすいように。こういったベテランがいなくなって、若手から雰囲気をつくるのは大変でも、既存でいる選手の力を大事に、僕がその働きかけや中間役になれれば」。

柏木の数々の金言で深みが増したプロ7年目。“柏木チルドレン”から、来季はひとり立ちし、飽くなき勝利を追求し続ける。【中島麗】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

◆茂木秀(もぎ・しゅう)1999年(平11)1月15日生まれ、神奈川県出身。桐光学園高卒業後、17年にC大阪入り。20年12月から町田、22年1月から水戸のJ2クラブに所属し、同年5月からJ3の今治へ期限付き移籍で在籍。同年12月同じJ3の岐阜へ完全移籍。J2通算5試合出場。J3通算111試合出場。2019年のU-20W杯日本代表。195センチ、90キロ。