サッカーの会場を訪れた釜本邦茂さんに、その帰路で同乗させていただいた時の言葉だった。「今日はお母さん(妻修子さん)と夕飯を食べる約束しているから、ごめんな。新大阪まで送るわ」。歌を口ずさみながらハンドルを握る姿の横から「奥様と仲良しですよね?」と聞くと、少しだけニコッと笑った。真剣な表情に戻って、ゆっくりな口調で続けた。

「やっぱり僕を支えてくれたのはお母さん。(サッカー)協会でもガンバでも言いたいこと言ってきたから、けっこう嫌われ者になってしまったからなあ。でもお母さんはいつも『お父さん、しっかり。釜本邦茂やろ』って叱咤(しった)激励してくれるんや。だからこそ子供や孫たちと一緒においしいもの食べたり、旅行にでかけたり楽しい思いをさせてあげたい。そのためには、いつまでも元気でいて長生きせんとな」

最後に釜本さんのサッカーをする姿を見たのは、17年8月14日に東京・味の素フィールド西が丘での「永井秀樹引退試合」だった。左胸に日の丸がついた青いユニホーム姿。もちろん動きは緩やかだが、カズ、ラモス瑠偉氏ら日本代表や東京Vのレジェンドとプレーし、DFを背負ってもボールは取られない。試合後、交流も楽しむのかと思いきや、誰よりも早くバスに乗り込んだ。一番前の席に座ると、誰もいない車内へ手招きされた。「早いですね。盛り上がっているんじゃないんですか?」と聞くと、「いいんや。僕がおると、みんな気を使うやろ。それにお母さんが風邪気味やから、そっちが気になるんよ。間に合えばこのまま帰ろうかなと思っとる」と気遣う姿も印象的だ。東京でお会いして新幹線に乗る前も「お母さんに何か買っていかんとな。おいしそうなもん、あるかな」。頭には常に修子さんがいた。

「こんな男と一緒になって、わがままにも嫌な顔せず寄り添ってくれて。感謝しかないよ。幸せ者だよ。なかなか照れくさくて本人には伝えられんけれどなあ。新聞記者も家にいないことも多いだろうから奥さんには感謝せなダメや。こんなこと言っていたなんて、お母さんに言うなよ」

70歳前後からは健康に留意し、酒は蒸留酒、暴飲暴食も控えてきた。だが、夫婦一緒の生活は81歳で終わった。釜本さんから託された修子さんへのメッセージとして、いま伝えたい。【10~18年サッカー担当=鎌田直秀】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

引退記念試合を終え、両親を交え乾杯する釜本一家。左から父正作さん、母ヨシエさん、妻修子さん、釜本邦茂さん、達生さん(1984年8月撮影)
引退記念試合を終え、両親を交え乾杯する釜本一家。左から父正作さん、母ヨシエさん、妻修子さん、釜本邦茂さん、達生さん(1984年8月撮影)
釜本邦茂さんの葬儀で支えられる妻の修子氏(2025年8月13日撮影)
釜本邦茂さんの葬儀で支えられる妻の修子氏(2025年8月13日撮影)
葬儀を終え釜本邦茂さんと一緒に車に乗り込む妻の修子氏(2025年8月13日撮影)
葬儀を終え釜本邦茂さんと一緒に車に乗り込む妻の修子氏(2025年8月13日撮影)
釜本邦茂さんの葬儀に参列した妻の修子氏(2025年8月13日撮影)
釜本邦茂さんの葬儀に参列した妻の修子氏(2025年8月13日撮影)
J2東京V永井秀樹ユース監督兼GM補佐引退試合 「ヴェルディレジェンズ」対「Jレジェンズ」 後半途中から出場し、パスを出す釜本邦茂氏(中央)(2017年8月撮影)
J2東京V永井秀樹ユース監督兼GM補佐引退試合 「ヴェルディレジェンズ」対「Jレジェンズ」 後半途中から出場し、パスを出す釜本邦茂氏(中央)(2017年8月撮影)