これまでも何度か紹介したが、近年の米国のゴルフティーチングのトレンドは、”スイング理論+学術的視点”で選手のパフォーマンスを上げるという方法だ。以前はスイング理論でヘッドスピードを上げたり、スイングプレーン通りの動きを作る方法が主流だった。

 しかし、研究機関の計測技術の進化で選手の動きを数値化できるようになったことから、ゴルフスイングがさまざまな分野で研究対象となって、スイング理論の裏付けやさらなるパフォーマンス向上の一翼を担っている。


●トレンドは「スイング理論+学術的視点」


 テキサスでバイオメカニクス(生体力学)の研究をするヤン・フー・クォン教授は、そういった取り組みを行う研究の第一人者だ。専門のバイオメカニクスをもとにゴルフスイングに応用し、どのように体を動かしたらよりよいパフォーマンスが出るかを研究している。クォン教授の研究室にはマット・クーチャーやビジェイ・シンなど多くのPGAツアー選手が訪れスイング解析を受けている。クォン教授が提唱するのは、地面を踏み込む力をスイングの回転に変える、”反力打法”だ。ジャスティン・トーマスやローリー・マキロイなどのプロが、この地面反力を生かしたスイングを行っており、PGAツアーのコーチたちも教授の講演会などで積極的に情報収集を行っている。

 そんな教授が今回、日本のツアープロのスイング解析を行いたいと来日した。


●飛距離が伸び悩む2人のプロ


 計測を受け飛距離アップに臨むのは、セキ・ユウティンと中島徹の2人だ。

 セキ・ユウティンは日本の女子ツアー参戦1年目の20歳。171センチと体格には恵まれるが、平均飛距離が219ヤードと飛距離に明確な課題がある。

 中島徹は今季、日本プロゴルフツアー選手権で初日首位に立つなど大きなポテンシャルを持つが、平均飛距離が280ヤードとこちらも男子のレギュラーツアーを戦う上では、もう少し飛距離が欲しいところだ。

 計測には地面に埋め込まれたエネルギー計測機器・フォースプレートと、体の動きを計測するモーションキャプチャーを必要とするため、日本体育大学の協力を得て専門の計測室を借りて行われた。こういった専門機器は非常に高価(総額2000万円以上!)で、大学などの研究施設でも数えるほどしか設置されていない。現在は比較的安価になり手に入れやすくなった弾道計測機器のように普及が進めば、メーカーなどでもさらにこうした研究が加速していくかもしれない。


クォン教授と日体大の教授たち
クォン教授と日体大の教授たち

 プロにはモーションキャプチャーが反応するよう、全身黒タイツのようなピッタリとしたウエアを着てもらい、体中にガラス繊維の入った小さな球をくっつけていく。はたから見るとお世辞にも格好よいとは言えない姿だが、打つ方も計る方も真剣だ。


●目に見えない部分が丸裸に


 計測は1人5球程度。その結果を見てクォン教授が2人に現状の動きの分析をフィードバックするのだが、全ての動きや力が数値化される。

 モーションキャプチャーでは、目に見える体とクラブの動きを可視化する事ができる。それに加えて、地面に埋め込まれたエネルギー計測機器・フォースプレートによって地面反力の数値を知ることができる。地面からの力がスイングのどの時点でどの方向に、どれくらい働いていたのかを計測することで、飛距離アップに必要な地面反力が使えているかを確認できる。

 これまでは、ヘッドスピードを見た上で「力が出し切れてない」、「力が伝わっていない」という漠然とした答えしか分からなかったが、この機器を使えば改善すべき点が明確にわかる。

 この結果を見てクォン教授がアドバイスを送ったり、私があいだに入って技術的な補足を加えたりした。


モーションキャプチャーで動きを測定
モーションキャプチャーで動きを測定

●プロでも伸びるならアマチュアは…


 結果から言うと2人の飛距離は劇的に伸びた。当日は弾道測定器を使った結果しか見られなかったが、それぞれ最大飛距離30ヤード、ヘッドスピードは5m/s以上アップした。その後ツアー会場で話を聞いた際にも、飛距離の伸びを実感していた。

 一見、完成されているように見えるプロのスイングでさえ劇的な変化が現れるのだから、アマチュアが試さない理由はないだろう。

 プロ、アマを問わず感覚や経験に頼ったり、科学的な裏付けのない情報を信じて効率的ではない動きを一生懸命行っていることが多い。そのような場合、非効率な取り組みを止めるだけで飛距離は伸びる。そして、科学的なスイング分析とそれを基にした分析・改善手法を用いれば飛躍的改善が得られるだろう。

 計測の様子や具体的な取り組み方が、発売中の『週刊ゴルフダイジェスト 9/5号』に掲載されているのでチェックしてみてほしい。きっと秋のベストシーズンに向けての、大きな武器になるだろう。


 ◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。シングルプレーヤー養成に特化したゴルフスイングコンサルタント。メジャータイトル21勝に貢献した世界NO・1コーチ、デビッド・レッドベター氏を日本へ2度招請し、レッスンメソッドを直接学ぶ。ゴルフ先進国アメリカにて米PGAツアー選手を指導する50人以上のゴルフインストラクターから心技体における最新理論を学び研究活動を行っている。早大スポーツ学術院で最新科学機器を用いた共同研究も。監修した書籍「ゴルフのきほん」(西東社)は3万部のロングセラー。オフィシャルブログ http://hiroichiro.com/blog/


(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ゴルフスイングコンサルタント吉田洋一郎の日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)