今年のPGAツアーは新型コロナウイルスの感染拡大で異例ずくめの1年だった。その中で、常に話題の中心にいたのはブライソン・デシャンボー(27=米国)だったといって間違いないだろう。


全米オープン優勝を果たし、トロフィーを掲げるブライソン・デシャンボー(AP)
全米オープン優勝を果たし、トロフィーを掲げるブライソン・デシャンボー(AP)

私はここ2年ほど、デシャンボーのゴルフに対する取り組みに興味を持つようになり、海外取材の際はデシャンボーの動向を注視していた。

今年に入ってデシャンボーの肉体改造が話題になったが、昨年12月にオーストラリアで行われたプレジデンツカップの段階で、デシャンボーの体は大きくなっていた。練習場でデシャンボーに「体が大きくなったように見えるね」と声をかけると、「ウエートトレーニングで体重を増やしているところなんだ」と答えていた。翌年2月のウェイストマネジメント・フェニックスオープンの練習ラウンドの際には「練習では計測器でボールスピードが200マイル(約89m/s)を超えるようになった」と、肉体改造による飛距離アップが進んでいることをうれしそうに語っていた。


■驚愕の肉体改造で度肝を抜く


彼が大きな話題を集めたのは、感染対策のため中断していたPGAツアーが再開した6月のチャールズ・シュワブ・チャレンジ。3カ月の中断期間中に、今までとは別人のような筋骨隆々な体へと肉体改造したことにも驚かされたが、それ以上に衝撃的だったのが350ヤードを超えるドライバーショットの飛距離だった。そこからデシャンボーの快進撃が始まる。7月に行われたロケットモーゲージ・クラシックでは、肉体改造後では初めての勝利を挙げ、それまでの取り組みに自信を深めた。そして、9月の全米オープンでは圧倒的な飛距離を武器に、パワーでコースを制した。終わってみれば唯一のアンダーパーで2位に6打差をつけての圧勝だった。

圧倒的な飛距離によって一世を風靡(ふうび)した選手といえば、タイガー・ウッズが思い浮かぶ。ウッズとデシャンボーが違うのは、ウッズはフィジカルトレーニングによって天性の才能を引き出す「レベルアップ」によって飛距離を手にしたのに対し、デシャンボーはトレーニングによるウエートアップで別人のように体を変え、自らを「改造」して飛距離を伸ばしたことだ。

デシャンボーのドライビング・ディスタンスは、肉体改造前の2017年シーズンは299.4ヤードで45位と目立ったものではなかったが、2021年は337.8ヤードで1位となり、平均飛距離で約40ヤード飛距離を伸ばしている。計測器でのデータだが、デシャンボーのSNSではキャリーで400ヤードを記録したという報告もあった。過去に短期間でこれほど飛距離を伸ばしたPGAツアー選手は他にいないだろう。


■平均400ヤードのモンスターは誕生するか


ゴルフの醍醐味(だいごみ)の1つが飛距離だ。人によっては、他のプレーヤーをオーバードライブする優越感は、良いスコアを出すことと同じくらい価値があるかもしれない。だが、デシャンボーは楽しみや自己顕示欲のために飛距離を伸ばそうとしているわけではない。


コモの勉強会に講師として登壇するマーク・ブロディー
コモの勉強会に講師として登壇するマーク・ブロディー

コロンビア大学ビジネススクール教授のマーク・ブロディーは著書「エブリショット・カウンツ」でドライバーの飛距離が20ヤード伸びると、プロの場合、ラウンドあたり0.75打、4日間トーナメントでは3打縮まるという研究結果を導き出した。「ドライバー イズ ショー。パット イズ マネー」という言葉があるが、ブロディーはパッティングが過度に評価されており、多くの影響力を与えているのドライバーショットの飛距離であることを科学的に証明した。

デシャンボーのスイングコーチのクリス・コモは、ブロディーと親交があり、自らの勉強会にブロディーを講師として招いて学びを深めていた。デシャンボーもブロディーの研究内容を知っており、飛距離を伸ばせばスコアは縮まるという確固たる信念を持って理想の体とスイングを追い求めた。その結果、デシャンボーは規格外のパワーでパー4をパー3、パー5をパー4とし、実際ショット貢献度のスタッツが向上したことで、トータルのストロークス・ゲインドは2017年の78位から2020-2021シーズンは1位となっている。

一般的に選手は自らの個性や特徴を生かした「自分に合ったゴルフスタイル」を作り上げていくのだが、デシャンボーは常識の枠を飛び越え、データから導き出された「理想のゴルフ」を実現するために、自らを全く別人に「改造」しているのだ。

デシャンボーはマスターズ前に48インチの長尺ドライバーの挑戦を示唆していたが、48インチを使いこなせる肉体とスイングを手に入れたとき、安定して400ヤードのドライバーショットを放つことも不可能ではないだろう。

自らの「体」を改造したように、アプローチやパッティングなどの「技」の精度を高め、メンタルコントロールなどの「心」を強化することができれば、「心技体」を究極の理想型に改造したゴルフ界のモンスターが誕生するに違いない。

来年、私たちは科学から生み出された怪物がゴルフ界で暴れまわる姿を目にすることができるかもしれない。そして、怪物の進化に他の選手たちはどう対抗していくのか。来年のPGAツアー、そしてデシャンボーの動向に目が離せない。

(ニッカンスポーツ・コム/吉田洋一郎の「日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)

◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。2019年度ゴルフダイジェスト・レッスン・オブ・ザ・イヤー受賞。欧米のゴルフスイング理論に精通し、トーナメント解説、ゴルフ雑誌連載、書籍・コラム執筆などの活動を行う。欧米のゴルフ先進国にて、米PGAツアー選手を指導する100人以上のゴルフインストラクターから、心技体における最新理論を直接学び研究している。著書は合計12冊。書籍「驚異の反力打法」(ゴルフダイジェスト社)では地面反力の最新メソッドを紹介している。書籍の立ち読み機能をオフィシャルブログにて紹介中→ http://hiroichiro.com/blog/