かつて日本で無敵を誇り、全米女子プロ選手権で勝った唯一の日本人ゴルファーは、和やかにプロアマ戦のラウンドをしていた。樋口久子(61=富士通)、愛称チャコ。03年には世界ゴルフ殿堂入りを果たした彼女は、いまは競技者ではなく、日本女子プロゴルフ協会会長の顔でにこやかに回っている、同組はアマチュア2人とカリー・ウェブ。「樋口さんがトーナメントに出たら予選通過は確実。本当に今もそれぐらいの力がある」。わが社のゴルフ担当木村有三が妙にリキんでいたのを思い出しながら、眺めていた。

東京よみうりCCの18番は202ヤードのパー3。距離がある上に奥から手前へ下り勾配で、グリーンの速さは並みではない。その日はサロンパス・ワールドレディスのプロアマ戦。手前にピンが切られた18番で、数組のプレーを見た。

奥へつけたアマチュアは全員、第1パットでボールをグリーンの外へはじき出す。中にはグリーンから落ちたボールが延々10ヤード以上転がり続けるのを、ぼうぜんと見詰めている人さえいた。実際、トーナメントでも「ゴルフ界のシャラポワ」ベルチェノワは初日ダブルボギー。2日目に65のスコアをたたき出したウェブも、その時点で首位に並んだ福嶋晃子、横峯さくらも18番はボギーだった。ショートなのに最難関。それが東京よみうりの18番だ。

樋口のティーショットはグリーンの奥、カップまで「25メートルぐらいかしら」という距離を残してしまった。アマチュアが3メートルからグリーン外へ打ってしまうライン。寄せて2パットで収まったら、奇跡…。だが、こともなげに打った樋口のパットはフックラインをなぞりながら滑らかに転がっていく。長い時間をかけてカップに近づき、そしてコロンと入った。まるで優勝決定パットを決めた時のように、樋口は両手を高く掲げた。

カリー・ウェブ「すごいプレーを見たわ。あのラインからバーディーは、どんなパットの名手でも不可能に近いのに…。やっぱりグレート・プレーヤーね」

ウェブは樋口がかつて全米女子プロに勝ち、世界ゴルフ殿堂に入っているプレーヤーだとは知っている。その人がラウンドの最後で、本領発揮のパットを決めた。間近でそれを見たウェブも興奮気味だった。

樋口「あの距離で、あのライン。もう1度やってみろといわれても絶対にできないパットでしたね。でも、今日はあれだけ」

それは「伝説」のため、初めて取材に訪れた日の出来事だ。その後パーティーが始まるまでの短い時間、話を聞いた。パーティー開始時間が15分早まったこともあり、彼女は大阪からやってきた記者に最大限の情報を与えてやろうとするように早口で語り続けてくれた。だが、当然時間切れ。瞬く間に「会長」のたたずまいに変わった樋口は、大勢の関係者が待つパーティールームへ向かった。

樋口は今も予選通過の力がある…。東京までの取材行で、とりあえずその「伝説」だけは、この目で確かめられた。(つづく=敬称略)【編集委員=井関真】

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