冬季パラリンピックのメダリストが、20年東京で再び世界の舞台に舞い戻る。パラテコンドーK44(上肢障害)58キロ以上級の太田渉子(29=ソフトバンク)は、今月の世界選手権で銅メダルを獲得し、全日本選手権でも連覇を達成した。14年に距離スキー、バイアスロンを引退し、翌15年から東京大会の新競技に取り組み、普及活動と並行して実力を蓄えてきた。現在、日本女子ただ1人の強化指定選手で、東京出場もほぼ確定。冬季に続いて夏季のメダル獲得も現実味を帯びてきた。


2月16日、女子キョルギ連覇の太田渉子は金メダルを手に笑顔
2月16日、女子キョルギ連覇の太田渉子は金メダルを手に笑顔

ルックスもコメントも柔らかい。太田は格闘技の選手とはかけ離れたイメージを漂わせながら、ニコッと笑って言った。「そうなんですよ。テコンドーをやっている感じが全然しないって、みなさんに言われるんです」。東京大会へ向けても淡々と言葉を並べる。「日本人が勝つ。日本人に強い選手がいれば応援に行きたいと思ってくれる人がたくさんいると思うので、まず、自分が強くなって、テコンドーを知ってもらって、会場を満員にしたいな、と」。

強くなっている。今月上旬、初出場の世界選手権(トルコ)で銅メダルを獲得した。初戦に勝ち、準々決勝では世界ランキング1位の英国選手を延長戦の末に破って表彰台に立った。「それまで3、4回戦って惨敗ばかり。1ポイントでも多く取れれば」と臨んだ試合は0-5とリードされながら追いつき、9-7と逆転。相手の動きが見え、蹴りも確実に届いた。


2月16日、女子キョルギ決勝 太田渉子(右)は杉本江美に右回し蹴りを放つ
2月16日、女子キョルギ決勝 太田渉子(右)は杉本江美に右回し蹴りを放つ

距離スキー、バイアスロンの実績は揺るぎない。パラリンピックには06年トリノからバンクーバー、ソチと3大会連続出場。銀、銅2つのメダルを手にしている。W杯では総合優勝も達成。日本選手団旗手を務めたソチ大会後に引退。その後、会社勤めの傍らパラスポーツの普及活動に携わる中でテコンドーと出会った。東京大会の新競技に決まった15年。ある練習会を見学した際、指導していたシドニー五輪銅メダリストの岡本依子さんから周囲に「太田さんは東京パラリンピックで金メダルを取る人」と紹介され、驚き、冷や汗をかいたのがきっかけだった。

「選手もいない状況だと聞いたので、私が東京を目指す選手の練習相手にでもなれればと。ミットを蹴ったときの音が爽快だったし」と月1度の道場通いが始まった。あくまでも趣味の一環。翌16年春のアジア選手権に出場しても、普及と選手のサポート役の気持ちは変わらなかった。17年は大会にも出場しなかった。心が動いたのは昨年1月の全日本出場を決めた時。優勝すれば強化指定選手に選出される大会で決断した。「強化選手になれば生活スタイルも変わるし責任も負います。ただ、自国でのパラリンピックで自分に何ができるかを考えました」。


2月16日、女子キョルギで連覇を飾った太田渉子は笑顔で関係者に勝利を報告
2月16日、女子キョルギで連覇を飾った太田渉子は笑顔で関係者に勝利を報告

東京を目標に定めて約1年。本気の取り組みが世界選手権の金星につながった。昨年10月にはソフトバンクに転職し、競技に集中する環境も整った。現在は代表合宿のほか、所属する都内の道場に通いながら、走り込みや体力強化にも余念がない。16日の全日本では連覇を果たし、女子ではただ1人の強化指定選手で、開催国枠からも東京大会出場はほぼ確定している。

「やっとテコンドーらしい試合ができるようになりました。メダルですか? これからうまく練習が積めて、力が向上すればついてくるものだと思うので…。取れればいいかなぁ、と思います」。柔らかい言葉の中に熱い思いが隠されていた。【小堀泰男】



◆太田渉子(おおた・しょうこ)1989年(平元)7月27日、山形県尾花沢市生まれ。先天性の左手指全欠損。小3から地元のスポーツ少年団でスキーを始め、距離、バイアスロン選手として04年からW杯参戦。パラリンピックには06年トリノ大会に日本選手団最年少の16歳で出場し、バイアスロンロング12・5キロで銅メダル、10年バンクーバー大会では距離クラシカルスプリントで銀メダルを獲得。W杯ではバイアスロンで06-07年シーズン総合優勝。14年ソチ大会で日本選手団の旗手を務め、大会後に引退。15年からパラテコンドーを始め、16、18年のアジア選手権銅メダル。164センチ、58キロ。


◆日本のパラテコンドー 15年に東京大会の新規競技に決まってから選手発掘と強化が始まった。男子の伊藤は16年1月に切断障がい者のアンプティサッカーから転向したパイオニア的存在。全日本テコンドー協会が定期的に体験会、発掘イベントを開催しているが、競技人口は現在、男女含めて20人ほどで、強化指定選手は男女6人。女子の全日本選手権は昨年が2人、今年は3人の参加でクラス、階級の枠を取り払って行われた。男子はクラス分けなしの2階級で実施され、61キロ級は伊藤、61キロ以上級は工藤が優勝。強化指定選手のうち、阿渡、星野、田中は海外大会出場のため欠場した。24年パリ大会でも実施が決まり、協会は東京を競技普及のきっかけにするべく強化を進めている。


●パラテコンドー●

◆キョルギのみ 上肢に障害がある選手によるキョルギ(組手)と知的障害の選手によるプムセ(型)の2種目があるが、20年東京大会ではキョルギのみが実施される。

◆クラス 障害の程度によって重い方から順にK41からK44まで4つのクラスがあるが、東京大会ではK44とK43を統合した1クラスのみ。体重別に男子は61キロ級、75キロ級、75キロ以上級、女子は49キロ級、58キロ級、58キロ以上級があり、男女合計6階級。

◆蹴りだけが有効 八角形のコート、2分×3ラウンド(R)の試合時間、防具などは五輪と同じだが、特有のルールとして胴部への蹴り技のみが有効で、頭部への蹴りは反則。回し蹴り、横蹴りなどは2点、180度回転する後ろ蹴りは3点、後ろ蹴りから軸足を入れ替えた360度の回転蹴りは4点。3Rを終えて同点なら延長戦を行う。

◆1階級12人 東京では男女計6階級に1カ国から1人ずつ12人が出場する。今年末の世界ランキングでK44の上位4人、K43の上位2人が決定。さらに世界5大陸別予選の優勝者が加わる。残り1人はワイルドカード(WC)での出場。

◆開催国枠 WCのうち日本には開催国枠として最低女子1階級を含む3階級の出場権が与えられる。今年末の時点で世界ランキング上位選手のいる階級3つを選び、来年1月に当該階級の有資格選手で選考会を実施し、優勝者が代表に。ただし、前出の世界ランキング4位、2位以内で代表が決まった階級では選考会は行われない。また、日本選手はアジア大陸予選には出場できない。