2020年が幕を開けた。東京オリンピック(五輪)・パラリンピック開幕という大きな時代の節目を迎え、いきものがかりのリーダーでソングライターの水野良樹氏(37)が、新たな時代への思いをつづった詩『これはあなたの物語だ 2020年、東京』を日刊スポーツに寄稿した。

いきものがかり水野良樹氏が新たな時代への思いをつづった詩を寄稿
いきものがかり水野良樹氏が新たな時代への思いをつづった詩を寄稿

『これはあなたの物語だ 2020年、東京』

                       詩 水野良樹(いきものがかり)


“時代は変わる”


遠くから聴こえてきたその声に

あなたは立ち止まって

困った顔をして、力なく笑って、そして首を振る


変わらない、いや、変えられない


光り輝くスタジアム

眩しさのなかで、走り、飛び、舞う、いくつもの背中

熱狂と落胆とが、渦となって、うねる


あなたは、それを見て、何を思うのか


56年前の東京にも

“時代は変わる”と言ったひとたちがいた


戦争で焦土と化した我が街を前にして

失われた命の残り香を、すぐとなりに感じながら

叶わない夢を見たひとたちがいた


物に富み、豊かになって、空を、陸を、自由に行き交う

それらが絵空事にしか思えない暮らしのなかに身をおいて

叶わない夢を見たひとたちがいた


やがて

いくつかの夢は叶った

いくつかの夢は叶わなかった

すべては過去になって、もう、むかし話だ


あなたは

今、ここにいる


2020年、東京


今には今の、現実がある


顔を上げる

スタジアムはまだ、輝いている

歓声が聴こえる


夢も、希望も、すべてはきれいごとだ


スタジアムの外には、おびただしい数の敗者がいる

祭典の喧騒のなかで、かき消される声がある

今日も涙しているひとがいて、

今日も誰かが責められている


この世界には、悔しさと、怒りと、あきらめとが、

つみかさなっている


でもその現実の前で

あなたは生きていかなくてはならない


風が吹いている

56年前とはちがう風が、ここに吹いている


ひとは、強くはないが、弱くもない


かつての風のなかでも

絶望と呼んでいい現実のうえに

夢や、希望という、きれいごとを

生み出そうとしたひとたちがいた


すべてがうまくはいかなかった

だが、何度、現実に打ちのめされようとも

誰かが、きれいごとをつないできた


だからこそ、ひとは、今日を迎えている


つながれてきたそのすべてを

“時代”と呼びながら

その先に、あなたも、僕も、立っている


順番は

まわってきている


いつか今日も、思い出されるのだろう

2020年、東京


聖火台に燃える火に、あなたは何をみるのか

躍動する選手たちの背中に、あなたは何をみるのか

声をあげ、手を振る、観客たちの姿に、あなたは何をみるのか

そのすべてをつつむ風のなかで


あなたは何を思うのか


希望を見出せるだろうか

つなげられるだろうか


それとも


これはあなたの物語だ


問いかけてみてほしい


あなたもまた

はじまりの前に立っている


紙面イメージについて話をするいきものがかり水野良樹氏(撮影・狩俣裕三)
紙面イメージについて話をするいきものがかり水野良樹氏(撮影・狩俣裕三)

詩に込められた思いを水野氏に聞いた。

-この詩で一番伝えたかったことは

水野 オリンピック開催が決まって、どうしても私たちは“1964年の夢をもう1度”と後ろをふり返りがちになります。でも一番大事なのは今を生きている人たち1人1人が大会を通じて何を感じ、どう生きていくのかを考えること。それが結果的に新しい時代だったり、文化といったものをつくっていくのだと思います。そんな思いを共有できたらいいのかなという気持ちで書きました。

-“夢も希望もすべてはきれいごとだ”という強い言葉もあります

水野 12年のロンドン・オリンピックの時に『風が吹いている』というNHKの放送テーマソングを担当させていただいて、初めてオリンピックを生で観戦しました。同じ会場には政治的に緊張関係にある国の人たちも一緒にいて、確かにきれいごとが詰まっていると感じました。でも、それを後ろ向きに考えてはいなくて、きれいごとであれ、この会場には平和が実現していて、一緒に喜んだり笑ったりしている。これが続いているということは、どうしようもない現実に向き合いながらも、きれいごとを現実に何とか落とし込もうと、努力を続けている結果なんだと思います。

-オリンピックで印象に残っていることは

水野 僕と同じ82年生まれの競泳の北島康介選手が、アテネ大会で取った金メダルは衝撃的でした。僕らの世代は神戸連続児童殺傷事件(97年)や西鉄バスジャック事件(00年)など重大な少年犯罪を起こしていて、何となく“扱いに困る”という空気を感じていました。そんな中で北島選手が実に快活にボーンと飛び出してきて“ようやく自分たちの時代がきた”とすごく勇気づけられました。一方でロンドン大会で北島選手が負けるレースを会場で観戦しました。会場を去る後ろ姿を見て、自分たちも年を重ねているんだ、人生は前に進んでいるんだと、感慨深かったですね。

-オリンピック開催でどんな時代の変化をイメージしていますか

水野 成功も失敗もたくさんあると思います。でも、すぐに答えが決まるわけではありません。僕はこの祭典がこれからの20年、30年の最初のたたき台になると考えています。オリンピックで何が変わり、何ができなかったのか。それを考えていくことで、はっきりとは見えないところで、じわじわと変わっていくのだろうと思います。


東京五輪を取り巻く日本社会のこれからについて語る、いきものがかり水野良樹氏(撮影・狩俣裕三)
東京五輪を取り巻く日本社会のこれからについて語る、いきものがかり水野良樹氏(撮影・狩俣裕三)

◆水野良樹(みずの・よしき)1982年12月17日、神奈川県出身のソングライター。99年に吉岡聖恵、山下穂尊と「いきものがかり」を結成。06年に「SAKURA」でメジャーデビュー。作詞作曲した「ありがとう」「YELL」などが大ヒット。「風が吹いている」はNHK12年ロンドン五輪・パラリンピック放送のテーマソングになった。グループは17年に活動を休止したが、昨年再開した。