スポーツを有料で見る。90年代から始まった、お金を払って好みのスポーツを見る文化は、国際的企業の上陸に伴い、地上波無料放送という従来の枠組みから大きく変化を遂げている。配信会社の日本市場の分析、戦略から、変革期に普及を模索する国内競技団体まで。その動向に迫る。最終第3回は全日本柔道連盟の試みを取り上げる。公式動画チャンネル「全柔連TV」の狙い、施策を聞いた。

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和太鼓をたたく重厚な音がリズムを増していく。「講道館創立140周年記念特別動画」の文字がすっと立ち上がり、消え、次に浮かび上がる名前。

「制作・著作 公益財団法人 全日本柔道連盟」

5月29日に公開された、無差別で日本一を決める伝統の全日本選手権を題材にした配信動画の冒頭だ。

斉藤立、太田彪雅、羽賀龍之介、大野将平の4人に焦点を当て、大会を目指す姿を映像で重ねていく。約60分のドキュメンタリー作品は、全日本柔道連盟が作り上げ、公式YouTubeチャンネル「全柔連TV」から配信されている。従来であればメディア側が手掛けそうなコンテンツをなぜ、全柔連が主導しているのか。

「選手の思いをファンに届けることでファンとの接点を作りたいんです。そうでないと、○○選手が強い、めちゃくちゃ強い、私とは違う、で終わってしまう。タッチポイント、『接点』がない。感動があれば、さらに近く感じてもらえると考えたんです」

教えてくれたのは、同連盟の本郷光道さん。井上康生氏を委員長に迎えるブランディング戦略推進特別委員会で、前例にとらわれない仕掛けを模索する中心人物だ。元100キロ級で国際大会優勝経験も持つ柔道家は、新たな試みで「一本」を取るために、動いている。

国内競技団体で自前の配信チャンネルを持っている団体は珍しくはない。ただ、何を目的にし、何を制作していくかに大きな差が生まれている。

「これ(独自の作品作り)をやらないと頭打ちになると思う。ライブ配信をして終了だと。伝えたいのは選手たちの思いなんです」

そもそも、きっかけはコロナ禍だった。2020年4月以降あらゆるスポーツ活動が止まり、柔道も大会が軒並み中止になった。稽古もままならない。

「事務局も閉鎖になりましたが、なんとかリモートで働ける体制はできつつあった。いまできることは何か、と。デジタルを通じた情報発信が一番その時に注力できる部分と結論づけました」

連盟発信で、情報をデジタルに載せていく。助成金なども利用しながら、活動予算を確保した。最初の企画が、2019年に東京・日本武道館で開催された世界選手権の解説音声付き動画。中継局の協力を得て、公式映像としてアーカイブ化に乗りだした。コロナ禍で、選手にとっては映像研究の材料になり、ファンにとっては貴重な記録になる。

「柔道は国際大会、国内大会の中継局さんが分かれていて、シリーズとして扱い、プロモーションできるメディアはありませんでした。連盟がそれを橋渡しし、魅力をつなげていこうと」

それが最初の1つの流れになった。井上康生氏、鈴木桂治氏による「伝説の全日本選手権」や阿部詩選手、素根輝選手による「金鷲旗決勝5人抜き」の本人解説など、付加価値もつけ、企画を練った。延長上に、ライブ配信もあった。

初めて手掛けたのは20年10月、無観客開催だった講道館杯。

「手探りですね。業者さんを入れて、機材をつないだんですけど、思ったより動作しないとか。前日に『これ、配信できる?』ということもあったんです」

ただ、配信当日、チャンネル登録者は5000人増えた。待っている人がいる。道は間違ってないと思えた。

いま、チャンネル登録者は4万人に迫り、試合の生配信は主軸コンテンツになった。競技経験者以外も楽しめるよう、実況・解説も用意する。大会中継局の放送時間帯の配信は避けるなど、良好な関係を模索しながら、充実を図る。届かせたい層も具体的に描く。

「柔道界は競技者、チャンピオンを育成することにたけているといえます。そして今後もその層が重要であることは変わらない。ただ、同時に柔道を楽しむ層を増やしていかないとだめだと思います。私が三年間過ごしたカナダでは、60歳になって柔道を始めるという人もいました。さまざまなきっかけから興味を持った体験希望者が来て、そのうちの一部が残り、趣味の柔道として続けていく文化がある。日本の道場でも、子供だけではなく大人から柔道を始められるシステムを充実化させていく必要はあるし、その意味でも、いろんなところで柔道って良い、楽しいと思ってもらう、日常との「接点」を増やしていきたい。その一環が動画なんです」

国内の競技人口は減り続けている。04年から21年までの過去17年間、男女各カテゴリーの合計人数は20万2025人から12万2184人に減少した。危機感は募る。「接点」として、可能性を動画配信に感じ取る。

アマチュア競技、特に五輪競技に関しては、地上波放送の放映権料に頼り、公益団体を保護膜に運営してきた団体が主だろう。

スポーツ動画配信というシステムに、DAZN、アマゾン・プライムなどの企業参画はあるが、その対象から外れた競技の未来はどうなるのか。何をどう届かせ、ファン層を保持、拡大し、どう収益を上げ、競技力向上にもつなげるか。突きつけられた現実をコロナ禍が加速させる。

全日本柔道連盟が手掛ける公式の動画配信という試みは、1つの可能性を示していると感じた。【阿部健吾】

 

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